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2009/05/29

「誰が電気自動車を殺したか?」 米国の経験


[Part1] 「誰が電気自動車を殺したか?」 米国の経験
「一度は電気自動車を殺した連中が、今度は利用して生き残ろうとしている。皮肉な話だね」
ロサンゼルスに住む映画監督に電話をした。笑いまじりの明るい声が、受話器の向こうから響いてくる。
クリス・ペイン。2006年、ドキュメンタリー映画「誰が電気自動車を殺したか?(原題:Who Killed the Electric Car?)」を撮った。


レッカー車に乗せられて運び出されるGMの電気自動車「EV1」。この後、スクラップにされた=「誰が電気自動車を殺したか?」DVDから。発売・販売(株)ソニー・ピクチャーズエンタテインメント =2006 EV Confidential LLC. All Rights Reserved 1990年代後半に米国市場で発売された電気自動車が、普及を拒む勢力の圧力で回収され、姿を消していったのはなぜか。その理由を、ひたすら追いかけた。
当時、各メーカーが電気自動車の開発に乗り出したのは、米カリフォルニア州の排ガス規制がきっかけだ。全米最悪の大気汚染に悩んでいた州当局は90年、州内で走る新車の10%を、03年から「無排ガス車」とするよう義務づけた。電気自動車が期待の星となった。
映画のストーリーは、ゼネラル・モーターズ(GM)が96年にリース発売した電気自動車「EV1」を中心に進んでいく。 EV1は、一部の利用者に熱狂的に支持された。だが、自動車業界や石油会社から訴訟などの反撃を受け、州当局は態度を変える。規制は弱められ、有名無実化した。GMは「需要がない」と、車の強制回収を決めた。
税金を注ぎ込んで充電設備をつくることに反対した消費者団体の背後には、石油業界がいた。自動車業界も利益率の低い電気自動車への意欲を失っていった。業界寄りのブッシュ政権が、州に対して圧力をかけた。
03年、利用者たちの抵抗むなしくEV1は回収され、スクラップの山と化す。そうした経緯を映画は描く。


スクラップとなってうず高く積まれるGMの「EV1」=「誰が電気自動車を殺したか?」DVDから 発売・販売:㈱ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2006 EV Confidential LLC. All Rights Reserved. そして09年。 政権の座についたオバマ大統領は、「脱石油依存」「米国経済の再生」を旗印に、自動車の電動化に大々的に乗り出した。 3月19日にはカリフォルニア州の自動車工場に出向き、「消費者が買ってくれなければプラグインハイブリッド車もショールームから出られない。だから7500ドル(約74万円)の税還付を景気対策に盛り込んだ」と力説。15年までにプラグインハイブリッド車を100万台走らせるという。

ただ、電動化に懐疑的な声もある。かつて米4位の自動車メーカーだったアメリカン・モーターズの元会長、ジェラルド・マイヤーズは「米国人は大きな車が好きだ。景気が回復すればまた大きなガソリン車を好むようになる」とみる。
電池業界にも警戒感がある。電気自動車を支えるリチウムイオン電池技術は、日本、韓国などが強く、米国勢は弱い。米電池メーカー「エナー1」の最高経営責任者(CEO)、チャールズ・ガッセンハイマーは「中東への石油依存が、電池のアジア依存に変わるだけではないか」と科学誌に語り、危機感をあらわにした。


しかし、経済危機でも大きなダメージを受けた米国のビッグ3は、もはや自動車の電動化に賭けるしかないほど追い込まれている。


3月19日、米カリフォルニア州でハイブリッド車の説明を聞くオバマ米大統領。自動車の電動化に強い意欲を示した=ロイター GMは12年までに約29億ドルを投資して、電気自動車などガソリン車以外の新エネルギー車を開発・生産していく。2位のフォードも12年までに4車種の電気自動車を導入予定。3位のクライスラーも、13年までに50万台を売る計画だ。米政府も、電気自動車の開発や電池技術の向上に250億ドルの税金をつぎ込むなど、巨額の支援を行う。
「何とか日本車に対抗できるエコカーを出したい」というのがビッグ3の思惑だ。
GMが来年に発売予定の「シボレー・ボルト」は、トヨタのプリウスの2.7倍の燃費効率を目指す。ガソリンを併用したときの燃費は、1リットルあたり60kmを超える計算だ。車輪を駆動させるのは常に電気モーターで、ガソリンは発電用に使う。ガソリンエンジンを駆動用にも使う日本のハイブリッド車との違いだ。
記者(山川一基)は、デトロイトで独立系の部品会社が開発する車に試乗させてもらった。スムーズな加速。当然ながら、ガソリンエンジンに切り替わる音もしない。 「世界で一番静かな車だよ」と開発担当者は胸をはる。しかし、電池を多く積み込む分、車の値段は高くなるだろう。


今度こそ本気で自動車の電動化に取り組む姿勢をみせる米国の自動車業界は、どん底からはい上がれるだろうか。 ペイン監督は続編の制作に取りかかっている。タイトルは「電気自動車の逆襲(Revenge of the Electric Car)」だ。
(山川一基、勝田敏彦)



[Part2] 産業構造は変わるのか 
「持たざるもの」は革命をめざす
30年間、電気自動車を研究し、ポルシェより加速がいい「エリーカ」をつくった慶応大教授・清水浩は4年ほど前、大手自動車メーカーの首脳を訪ねた。
「一緒にやって、量産しませんか」。首脳は関心を示したが、最終的には断られた。悔しかった。「電気自動車はゼロからつくらないとダメだ」
清水のエリーカは、四輪の代わりに一回り小さいタイヤが八つ。それぞれのタイヤの中にモーターを組み込み、エネルギーの損失を減らす。カーブでの走行が安定し、走行距離も大幅に伸びた。「ゼロから」の成果だった。


オートイーブィジャパンの高岡社長が開発した電気自動車「ジラソーレ」。「私は電気自動車を“家電の一種としての乗り物”だと思っています」という=東京都八王子市のオートイーブィジャパン本社、高橋万見子撮影 大手メーカーは、電気自動車をつくるにも、なるべく蓄積してきたガソリン車の技術を生かそうとする。だが、そのことがかえって真の技術革新を妨げる場合もある。成功体験が大きいほど「自己否定」が難しくなるからだ。 その点、ベンチャー企業は身が軽い。オートイーブィジャパン代表、高岡祥郎は、5月末に発売する予定の電気スクーターに、中国BYD社がつくったリチウムイオン電池を採用した。BYD本社を訪ねて、電気自動車も見た。
ベンツの3分の1の値段で売るという。「先進国の車のコピーかもしれないが、コピーができればいずれ本物になる」
高岡は、富士重工業のラリードライバーやチーム総監督として国内外のレースで活躍したあと独立し、電気自動車関連の会社を立ち上げた。07年には、イタリアのメーカーとミニ電気自動車を共同開発。将来は中国メーカーと組むことも構想する。
電気自動車の構造は、ガソリン車よりもシンプルだ。極端にいえば、モーターと電池と制御装置があればいい。部品点数も3分の2で済む。 そこに、ベンチャー企業や途上国メーカーのチャンスが生まれる。自由な発想をしたり、低コストで生産できたりするからだ。それが「持たざる者」の強みになる。
既存メーカーは、電気自動車をつくることによって、これまで培ってきた貴重な財産を失いかねない自己矛盾を抱えている。
三菱自動車社長の益子修は「電気自動車を増やしていけば、いつかエンジン工場を閉めなければならないかもしれない」と話す。
エンジンは車にとってまさに心臓部。ほかの部品は外注しても、エンジンは中でつくる。三菱は京都、滋賀、水島(岡山)の3カ所で、約1000人もの従業員がエンジン製造に携わる。
自動車産業は、部品メーカーなど広い裾野(すそ・の)産業をもつ。電動化は、そうした部品メーカーも巻き込む大波になりうる。
変速機で世界大手のアイシン精機グループは今年1月、HVシステム開発部を設けた。今後、ハイブリッド車に適した新技術の開発を加速させていくという。


トヨタ自動車九州のエンジン工場。部品の「すり合わせ技術」が日本の自動車メーカーの強みだ=2006年4月18日、福岡県苅田町で。原田宏一撮影 電気自動車に比べれば、ハイブリッド車はガソリン車に近いが、ガソリン車用の変速機は不要になった。最大顧客のトヨタは、2020年までに全車種にハイブリッド車を投入する。「手をこまぬいていれば、売上高がガクンと落ちかねない」と幹部は懸念する。
電気自動車の普及が進めば、電池会社や電機メーカーなどが電池・モーターといった基幹部品を握る。部品メーカーに雇用調整が起きたり、電機大手が自動車メーカーを買収したりして、電気自動車の製造に乗り出す時代が来るかもしれない。
トヨタ、ホンダなどはこうした「仮説」を否定する。
「追いかけられれば先に行くだけ」とトヨタの幹部は言う。
走る、曲がる、止まる――単純な機能のようだが、量産しても同じように動く技術は一朝一夕にはできない。安全性の確保もそうだ。
部品や製造工程の一つ一つを調整し、精緻(せい・ち)に仕上げていく「すりあわせ技術」が日本の自動車産業をここまで大きくした。トヨタ幹部は「ガソリン車も電気自動車も、車に変わりはない。そう簡単に既存の自動車メーカーが抜かれることはない」とみる。
次の時代、「持てる者」が引き続き勝利するのか、「持たざる者」による革命が成功するのか。
勝負の行方は、まだ見えない。

[Part3] 自動車は公共財になる? 乗り方の新提案

その「チーム」は、2007年1月のダボス会議で生まれた。
電気自動車が高いのは電池が原因だ。ならば電池はリース方式にして、電池抜きで売ればいい――。
ソフトウエア会社SAPの役員だったシャイ・アガシがそう話すと、カルロス・ゴーン(ルノー・日産CEO)、シモン・ペレス(現イスラエル大統領、当時は副首相)の2人が強い関心を示した。
9カ月後。アガシは米カリフォルニアに電気自動車のインフラづくりを進める会社「ベタープレイス」を起こす。


ベタープレイス社の電池交換ステーション実証実験会場(横浜市)のイメージ図=同社提供 電気自動車を買った人は基本料金を払ってベタープレイスが保有する電池を借りる。あとは、充電したり電池を交換したりするたびに、その料金を支払っていく。
イスラエルでは、政府が支援して、ベタープレイスによる充電網の準備が始まっている。ルノーが電池交換型の車を開発し、日産が電池を供給することも決まった。 3者が協力したこのサービスは、2011年には実現する見通しだ。
イスラエル政府はアラブの原油依存から抜け出そうと、太陽光発電などの導入を進めている。ベタープレイスのモデルはぴったりだった。
同じサービスは、風力発電に力を入れるデンマークでも採用された。同社は、オーストラリアや米カリフォルニア州などでも同様の計画を進めている。
ベタープレイス日本法人社長の藤井清孝は、タクシーに目をつけた。
東京で営業するタクシーは約5万台にものぼる。1台が1日平均、約270kmを走る。 電気自動車で長距離運転はしにくいが、一定の営業区域しか走らないタクシーなら、電気自動車向きともいえる。充電設備や電池の交換設備があればよい。
「消費者に電気自動車の良さを実感してもらうには、タクシーでの普及が一番。10台に1台が電気になるだけで時代が変わる」と藤井は信じている。4月から横浜市で、実際に試験車を使って電池を交換するサービスの実験を始める。「タクシー構想」の第一歩だ。
三井物産の自動車総合戦略室長、佐藤秀之は、電気自動車の別の使い道を描いている。
カーシェアリングだ。


カーシェアリング・ジャパン社の駐車場。普通の駐車場の一角で、車をみんなで共有している=東京・代官山で。同社提供 借り手が不特定多数のレンタカーと異なり、カーシェアリングでは、1台の車を複数の会員で使う。事前にネットなどで空き状況を確認して予約し、会費と利用時間や距離に応じた料金を払う。
車を手軽に使いたい人が多く、短い距離しか走らないケースが多い。走行距離に限界がある電気自動車にぴったりだと佐藤は思う。電気自動車の値段はまだ高いが、みんなで「シェア」すれば、そう高い料金にはならない。
三井物産は今年1月、「カーシェアリング・ジャパン」の営業を東京都内で開始。今は15台しかないが、5年後には1000台、2万人の会員を見込む。当面はガソリン車を利用するが、市場に電気自動車やプラグインハイブリッド車が出てくれば、積極的に採用していく方針だ。
佐藤は、若者の車離れは、今後さらに進むとみる。
マイカーは「豊かさ」を代表せず、走る楽しみよりも、実用性が大事。環境への意識は高まり、車の脱ガソリン化も進む――。
「電動化した自動車が新たな公共交通機関になる」
そう熱く語る佐藤の話を、「なるほど」と思って聞いていた。
東京都内で暮らす記者は2年前に車を手放した。地方に住んでいたときはあまり感じなかったが、月に数回しか乗れないのに駐車場代や保険料、税金など維持費が高すぎる。
たまに乗るなら「カーシェア」でいい。それなら電気自動車に乗るほうが、かっこいいかも……。
自分の車を持ちたい人も、多いだろう。だが、環境にいい自動車を必要なときだけ借りる、という生活スタイルは、都市に住む同世代には受け入れられやすいかもしれない。35歳の私は、そう感じた。
(野島淳)

高橋万見子(たかはし・まみこ)
GLOBE副編集長

奥寺 淳(おくでら・あつし)
上海支局長

野島 淳(のじま・じゅん)
GLOBE記者

中川仁樹(なかがわ・ひとき)
名古屋報道センター記者(トヨタ自動車担当)

鈴木暁子(すずき・あきこ)
特別報道チーム記者(3月末まで自動車担当)

一色 清(いっしき・きよし)
編集委員。テレビ朝日・報道ステーションコメンテーター

勝田敏彦(かつだ・としひこ)
アメリカ総局記者

山川一基(やまかわ・いつき)
産業・金融グループ記者





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