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2008/09/05

電気自動車「スバルR1e」[後編]電気自動車の特性生かし環境性能と実用性の両立めざす・富士重工業・鈴木隆史商品企画部主査


家庭用電源による充電のコネクターは、フロントにある。約8時間でフル充電が可能。深夜電力を利用すれば、さらにエコノミーに。EVはGSに寄る必要がない

http://premium.nikkeibp.co.jp/em/ecolabo/06/
写真・文/永井隆
2008年9月4日(木)公開使用するほどに高まった現場での評価 「我が家で使っている軽自動車でも、1回給油すれば200kmや300kmは走るんだよ。(航続距離が)80kmしか走らない軽なんて、仕事じゃ使えないよ。まぁ、スバルさんと当社の付き合いがあるから、仕方ないけどね」東京電力の業務用EV(電気自動車)を、富士重工業と東電とで共同開発すると発表した10カ月後にあたる2006年6月下旬。富士重工から東電の営業現場に、まずは10台の「R1e」が納車される。が、どこの現場に納車で訪れても「最初の反応は冷ややかだった」と、富士重工商品企画部主査の鈴木隆史は話す。「エー、80kmしか走らないの」と、いずこも驚きの声で迎えられた。「現実には、皆さんが1日に走行する距離は平均40kmなんですよ」と、鈴木が懸命に説明しても信じてはもらえなかった。実は、富士重工は東電に依頼して、東電の業務用車両が1日にどのくらいの距離を走っているのか調査してもらっていた。業務用車両は、営業や施設補修などの用途で使われるが、1日あたり40kmが平均走行距離だった。統計を基に、平均の2倍にあたる80km(40km/時で走行して)に設定したのだ。「R1e」は軽自動車「R1」がベース。ボディサイズは3285×1475×1510mm。車両重量は920kg。1充電走行距離は80km(最高時速は100km/時)。最高出力は40kW。総電力量は9.2kW時。東京電力が開発した急速充電器「EVS22」を使用すると15分で80%充電、家庭用電源では5~8時間で100%充電
航続距離を伸ばそうとすると、電池を増やさなければならない。すると、車両の重量は重くなり、燃費にあたる“電費”は悪化してしまう。このことは環境性能の劣化を意味する。ちなみに、R1eは150kgのリチウムイオンバッテリーを2本積んでいて、車両の総重量は920kgの2人乗りだ。「軽自動車の平均乗車人数は1.4人。しかも業務用なので、2シーターにした」と鈴木。文句を言われた納車の後も、鈴木はR1eを使う各支店を頻繁に訪ねては、利用者からヒアリングした。するとどうだろう、東電社員の反応は回を追うごとに好転していく。航続距離80kmに問題がないことがわかり、R1eの走行性など車としての性能には、たいてい満足してもらう。一番大きかった評価は「ガソリンスタンドに寄る必要がない」ということだ。1日の仕事が始まり、営業へ、あるいは保守へと向かおうとしたとき、ガソリン残量が少ないと、まずスタンドに寄らなければならない。このムダな時間をEVでは省けた。仕事から戻り、そのまま100Vの家庭用電源を使って充電しておくと、5~8時間で100%の充電ができた。つまり、社員が朝に出社したときには、“満タン”の状態になっている。ちなみに、軽のガソリン車とランニングコストを比較すると、昼間の充電でも約3分の1、単価の安い深夜帯に充電すれば8分の1から10分の1にできる。このほか、東電が独自開発した急速充電器を使えば、15分間で80%、5分間でも50%の充電が可能だ。鈴木は「1回の充電で新宿から群馬の太田まで走れるし、横浜ならば往復できる」と指摘する。ただし、こんな意見もあった。「静かすぎて、歩行者がこちらに気づいてくれない。交差点などでは、ドライバーは注意が必要だ」
・ガソリン車とは開発の考え方が違う
検証現場の意見や実態を汲み取り、鈴木は会社に持ち帰って開発に生かしていく。プロジェクトチームミーティング(通称・PTミーティング)はもちろん、技術陣との話し合いでも情報やデータは開示した。だが、鈴木と技術者たちとの衝突は頻繁に発生する。「どういうことだ!  EVは必ず成功させなければならないんだ。俺の言う通りにしたほうが間違いない」「僕は、東電の支店を巡り、ユーザーの生の声を聞いてきた。EVは車ではあるけれど、今までとは全然違う。ガソリン車の焼き直しは通用しない」「バカヤロー!  俺を誰だと思っているんだ。そんな突拍子もないこと、俺の経験値が許さない」議論が白熱するあまり、しばらくは口もきかなくなることさえある。相手が年上の大物エンジニアであっても同じだ。こうしたケンカは、ガソリンエンジン車の開発のときにもよく発生した。双方とも、新車開発への思いが熱いからだった。信念がぶつかりあうと、大人のケンカは始まる。ただし、ガソリン車開発の場合は、互いにケンカの“やりどころ”や“落としどころ”を心得ている。商品企画の鈴木もエンジニアたちも、車づくりを知り尽くしているためである。しかし、EVには前例がなかった。2005年に共同開発が始まり、東電に納品する車両を開発しているときはもちろん、実証実験を行い2009年の新型車両発売をめざしている現在も、富士重工のなかで葛藤は続いている。「エンジニアの認識とユーザーの使い勝手との間に、ズレがある。わだかまりが残らないよう、実証例を示し、ユーザーの声を伝えながら、一つの方向へとまとめていく必要がある。ガソリン車の延長としてEVを考えていたら、開発は厳しくなっていく」例えば、蓄電残量を示すゲージ。実は一般の軽自動車では、ガソリン残量に比例して針が下りてはいかない。ユーザーは運転している車への“慣れ”により、感覚的に給油を行う。人間工学に基づきゲージの下り方は設定され、ドライバーの快適で安全な運転を支えている。つくり手にとっては「最後の一目盛りが勝負」などと言われる。一方、スタンドに寄る必要がないEVでは、蓄電残量に比例してゲージが下りていくようにした。使い勝手そのものが違うためである。充電用コネクタをどこにつけるかでも意見は分かれた。急速充電用は、従来の給油口にあてたが、家庭用電源用はフロントにつけた。家庭用コンセントが左右のどちらにあっても対応できるためだが、そもそも、コネクタという発想そのものがガソリン車にはない。
通常のガソリン給油口の位置にある急速充電用コネクタ。東京電力が開発した急速充電器を使い、15分で80%、5分で50%の充電がおおむね可能
従来の延長線上にはない電気自動車開発 部品メーカーもいままでとは違う。1958年の「スバル360」以来、50年の付き合いのある業者は少なくない。「ガソリンの新型車開発では、部品メーカーと阿吽の呼吸があった。従来の延長で動いてもらえた。ところがEVでは、新規に取り引きする部品メーカーが増えた。これまでの“以心伝心”は通用しない。もっとも、まったく新しい基軸を先頭で開発するには、異業種との交流は不可欠。新しいものを受け入れていく企業文化が必要だ」と鈴木は語る。
日産とNECの合弁会社AESCが生産するEV用リチウムイオンバッテリー。富士重工はAESCから供給を受けている
今回のR1eは東電との協力体制で検証実験を進めている。そして、最も重要な要素技術であるリチウムイオンバッテリーは、NECとのコラボレーションの成果だった。富士重工は2002年5月にNECと合弁企業を立ち上げ、リチウムイオンバッテリー開発にこぎ着けた。2006年3月に富士重工は合弁を解消したが、いまでも供給を受けている。ちなみに、この会社はNECの子会社となった後、現在はNECと日産の合弁「オートモーティブエナジーサプライ(AESC)」となった。一方、富士重工はトヨタとの関係を深めている。つまり、トヨタと日産というライバル関係にある。だが、AESCの大塚政彦社長は今年5月の会見で、「富士重工への電池供給をこれからも続けていく」と表明した。業界でのライバル関係という従来の枠を超えた協調は、未知の分野立ち上げでは、まずは求められよう。一方、鈴木は、こんなことも言う。「開発志向の富士重工だから、EVをここまでのレベルにもってこられた面はある。それでも、やはりEVは、今までとまったく次元が違う。従来の延長線の発想を切り替えるのは大切だが、あまりにも挑戦しすぎて危険な製品になるのをガードしていく必要もある。保守的な発想をする技術者の提案が正しいこともある。新次元の開発では、解は一つではない。古いものと新しいものを、いかにバランスさせながら製品としてまとめていくのか、本当に難しい。でも、私も技術者たちも、新しい挑戦なだけに毎日ワクワクしている」
・三菱、日産との熾烈な開発競争 
自動車づくりは、総合技術だと言われる。あらゆる技術が融合、統合されて新型車は世に出ていく。その一方で、成熟された産業であり、新車開発の場でも、技術陣の前例踏襲が主流になって久しい。大きな失敗を冒すリスクよりも、商品として間違いのないものをつくろうとするからだ。こうしたなかで、EVは、すでに出来上がっている自動車産業の技術においても、また人の意識においても、新しい波を呼び起こしている。技術の壁、意識の壁に対するブレークスルーを実現させていく波でもあろう。「特に、環境性能の高い製品をつくろうという点では、みんな共通認識を持っている。だからこそ、いろいろな提案や意見が出てくる」と鈴木は話す。R1eのCO2排出量は、軽ガソリン車を1とすると、昼間充電で0.4程度、夜間充電ならば0.3程度だ。富士重工の試算ではハイブリッド車が0.6程度だという。原子力発電所の稼働率が上がればR1eの数値はさらに下がり、地球温暖化の防止という環境面での優位性は、ますます高くなる。EVは現在、富士重工だけではなく、三菱自動車が2009年発売をめざして実証実験に入っているほか、日産も本格的に参入する方針を打ち出している。高額な燃料電池車よりも実現性、実用性は高い。三菱自のEVは、リア・ミッドシップレイアウトの軽自動車「i(アイ)」をベースにした「i MiEV(アイミーブ)」。4人乗りで、1回の充電で走れる距離を160kmとして、当初から一般ユーザーを意識して販売する。富士重工が2009年に発売するEVにも、4ドア4人乗りも検討されていて車種構成を充実していく方向だ。販売は年間100台程度でスタートさせ、当初は環境問題に積極的に取り組んでいる自治体や企業をターゲットにしていく。2012年か13年までには200万円程度の価格にして、環境問題に関心の高い個人にも積極的に売り込む。年間販売台数が1万台を超えるようになれば、リチウムイオンバッテリーの価格が量産効果により下がり、150万円を切る価格となるが、富士重工は2010年代半ばには実現させたい考えだ。環境対応車の中心的な存在として、富士重工の「R1e」が、今、走り抜けようとしている。
永井 隆 氏 (ながい たかし)ジャーナリスト
1958年生まれ。群馬県桐生市出身。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ社経済部で記者をしていた。1992年8月、販売不振から同紙が突如休刊し、失業を経験。その後はフリージャーナリストとして活躍。著書は最新刊の『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)をはじめ、『技術屋たちの熱き闘い』(日本経済新聞社)、『技術屋たちのブレークスルー』(プレジデント社)、『「軽」ウォーズ戦陣訓』(同)、『現場力』(PHP研究所)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『ビール最終戦争』(日本経済新聞社)、『ビール15年戦争』(同)、『リストラに克った』(同)、『一身上の都合』(ソフトバンク クリエイティブ)、『「人事破壊」後』(徳間書店)、『得な資格 損な資格』(廣済堂出版)など多数。1998年2月から日刊現代にて酒のコラム『グラスの中の経済学』を連載中。2005年から明治大学が発行する雑誌『明治』編集委員。

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