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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100802/215681/?P=1
【交通編4】発想の大転換、ちょこちょこ充電するクルマが拓く大きな未来
CO2削減による環境保護の観点から、自動車業界はガソリンから電気へと大きく転換しようとしている。しかし、電気自動車にはガソリン自動車には真似のできない様々な特技がある。それを活かすことで、我々のライフスタイルは大きく変わるかもしれない。今回は、東京大学新領域創成学研究科・先端エネルギー工学専攻の堀洋一教授が取り組んでいる、電池を持たず、ワイヤレスでエネルギーを補給する電気自動車を紹介しよう。
「おじいちゃんが若い頃にはガソリンスタンドというものがあってね、自動車は3、4日に1回、そこでガソリンを入れないと、走れなかったんだよ」――。
十数年後か、数十年後か、人々がガソリンスタンドの存在を忘れる日がやってくるかもしれない。ガソリンスタンドが減る一方で、現在、東京都内を中心に、電気自動車(EV)充電スタンドやバッテリー交換ステーションの設置が始まっている。
電池を持たない電気自動車の研究開発を行っている東京大学新領域創成学研究科・先端エネルギー工学専攻の堀洋一教授
「しかし、都心の街中ではそれすら必要なくなるかも知れない」
そう語るのは、東京大学新領域創成学研究科・先端エネルギー工学専攻の堀洋一教授である。堀教授が取り組んでいるのは、「電池を持たない電気自動車」。しかも、エネルギーをワイヤレスで供給しようという一風変わった仕組みだ。
現在、CO2削減による環境保護の観点から、自動車業界はガソリンから電気へと大きく転換しようとしている。そのため、世界各国が優れた蓄電池の開発にしのぎを削っている。主役は放電電圧と、蓄電装置の大きさに対する蓄積エネルギーの容量を示す「エネルギー密度」が高いリチウムイオン電池だ。例えば、三菱自動車の電気自動車「アイミーブ」も、総重量200kgのリチウムイオン電池を搭載している。
アイミーブの場合、本体に装備している車載充電器により、一般家庭用の交流200ボルトまたは交流100ボルトのコンセントから充電ができる普通充電システムと、今後、各所でインフラ整備が行われていく急速充電器による急速充電システムの2種類が用意されている。
コンデンサーの一種を活用
しかし、ここで問題となるのが、充電時間だ。最高時速は130kmで、充電1回あたりの航続距離は最長160kmである(カーナビもエアコンも一切使用しない場合)。ガソリン自動車の場合、満タンに給油した場合の航続距離が400~500kmということを考えると、3倍以上の頻度で給電しなければいけない計算だ。ところが、フル充電させようと思うと、一般家庭用の電源で8時間以上、急速充電器を使っても30分もかかってしまうのである。
そのため、給電回数を減らすには、よりエネルギー密度の高い蓄電池を開発するか、蓄電池をたくさん搭載するしかない。前者に関しては開発を待つしかないが、後者で解決しようとすれば車体が重くなり、エネルギーの効率が落ちてしまう。
電気自動車を普及させるには、いかに高速かつ簡単に給電できるようにするかが大きな鍵となる。その1つの解が、堀教授が提案する電気自動車である。
従来型の電気自動車と大きく異なるのは、電気を貯める蓄電装置に電池を使わず、「キャパシタ」という電気部品を用いる点だ。キャパシタとは、多くの電気製品に使われている電子部品「コンデンサー」の一種である。プラスとマイナスの電極が対になっていて、ここに電荷をとどまらせることで電気エネルギーを蓄える。その中でも、「電気2重層」という構造になっているキャパシタは、大容量であることが特徴だ。
100万~200万回の充放電が可能
キャパシタは、ほんの数十秒で充電を完了することができ、しかも充放電を繰り返しても劣化しない。これが、電気自動車の常識を大きく覆す可能性を秘めている。
電池内部で化学反応を起こしながら充放電するリチウムイオン電池は、充電時間が長いだけでなく、充放電のたびに劣化していく。充放電の回数は1000~2000回が限界とされる。現在実用化されている電気自動車のリチウムイオン電池の場合、毎日充放電を繰り返した場合、3年程度で寿命が来てしまう計算だ。
右の銀色のパッケージがキャパシタ。これを複数組み合わせて左のような白いケースに入れ、蓄電装置にする しかし、化学反応を伴わないキャパシタなら100万~200万回の充放電が可能だから、寿命は半永久的と言えるレベルに達する。しかも、リチウムイオン電池とは違って、端子間の電圧からエネルギーの残量を正確に測れるという利点もある。
「毎日、何度も充放電を繰り返すためには、寿命が長く、高速に充電できることが重要だ。その点、化学変化を伴わないキャパシタは最適と言える」と堀教授は主張する。
リチウムは鉄やアルミニウムなどに比べて産出量が少ない「レアメタル」に属する金属だ。しかも、生産の多くを中国に頼っており、将来に渡って安定的に確保することが不安視されている。キャパシタはこうしたレアメタルに依存する部材が少なく、“資源貧国”である日本と相性がいい蓄電装置だと言える。
電車のようなエネルギー供給方法
ただし、キャパシタには決定的な弱点がある。それは、エネルギー密度が小さいことだ。
現在の技術では、リチウムイオン電池の約10分の1しかない。例えば、堀教授が開発したキャパシタ電気自動車「C-COMS」の場合、1回充電して時速40kmで走った場合、10~20分程度で電気エネルギーが空になってしまう。
蓄電装置に使えるキャパシタが、電気自動車の分野で主役になれなかった理由は、まさにここにある。
しかし、堀教授は「これまでの固定観念を捨てることで、大きな可能性が見えてくる」と話す。ここで言う固定観念とは、「電気自動車も、ガソリン車に負けないようエネルギーをできる限り多く搭載し、航続距離を伸ばす」という考え方だ。
堀教授は電車を例に取る。「ほとんどの電車は、車両単体での航続可能距離はゼロkm。それでも走っているのは、架線からエネルギーを供給し続けているからだ。ガソリン車はタンクを積んで、時々、給油しなければならないが、電気自動車なら電車のようなエネルギー供給ができる」。
C-COMSの走行実験
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“満タン”の200ボルトになるまでにはほんの数十秒。メーターの数値がどんどん上がっていく(実験車両は充電プラグを利用している)。
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“満タン”の200ボルトになるまでにはほんの数十秒。メーターの数値がどんどん上がっていく(実験車両は充電プラグを利用している)。http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100802/215681/215681_b.asx
C-COMSの走行実験
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道路に架線を張り巡らせるのは現実的ではないが、給電なしに10~20分走れるのならば、次善の策が取れる。それが「ちょこちょこ充電」である。
堀教授は言う。「100ボルト、10~15アンペア程度の電源なら、町中の至るところにある。これを電気自動車のインフラとして利用できるようにすればいい」。
「磁気共鳴方式」で1m離れても高効率送電
もちろん、走行10分ごとにクルマを停めて充電プラグを抜き差しするのは現実的ではない。そこで堀教授が有力視しているのが「ワイヤレス給電」である。文字通り、電源コードや接点を必要としない給電のことだ。給電装置の近くにクルマを置くだけで、キャパシタに充電できる。
実は、ワイヤレス給電は身近なところで実用化されている。電気接点を持たない充電式の小物家電が良く知られているだろう。電動歯ブラシや電動シェーバー、ゲーム機のリモコンなどである。
ただし、これらはすべて「電磁誘導」という原理を利用しているため、電気自動車のような大容量の装置には適していない。
充電器側と機器側のコイルの2つをかなり近づけないと充電できないのである。例えば、携帯電話に応用する場合、直径数cmの2つのコイルを1cm以内に近づける。しかも所定の位置から数mm、前後左右にずれると伝送効率が大きく下がってしまう。
ところが、2006年から2007年にかけて大きな発見があった。米マサチューセッツ工科大学(MIT)が、「磁気共鳴方式」と呼ぶ新たなワイヤレス送電技術の理論を発表したのである。
信号待ちの間に充電できる
磁気共鳴方式の最大の特徴は、コイルの位置が1mほど離れていても、高い効率でワイヤレス送電できることだ。つまり、位置合わせに高い精度が必要でない。また、特定の機器のみに電力を送る選択的送電も可能である。
「これを使えば、ワイヤレスで、電気自動車のちょこちょこ充電ができる!」
そう直感した堀教授は、ワイヤレス給電の研究も開始した。これまでに、50cm~1m離れているコイルの間で電力を送ることに成功しており、伝送効率も95%に達している。今年、堀教授はキャパシタ電気自動車C-COMSにワイヤレス給電システムを搭載して実験を始める計画だ。
ワイヤレス給電のデモ
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磁気共鳴という原理を使ったワイヤレス給電。50cm~1mの距離を、送受信アンテナがかなりずれても送電できる。間にコイルを挟めば、ある程度まで距離を延長することも可能。コイルを縦にしても大丈夫だ
サハラ砂漠を走破する必要はない
キャパシタ電気自動車の実用化を考える場合、クルマに対する考え方を大きく変える必要がある。というのも、この電気自動車を見て「これでは田舎や砂漠では使えない」という人がいるからだ。
「これに乗ってサハラ砂漠に行こうとするわけがない」と堀教授は笑う。そして「これまで自動車メーカーは、街中であろうと砂漠であろうと、どこでも走れる性能を持った自動車を目指して開発してきた。しかしこの考えはそろそろ改める時期に来ているのではないか」と続ける。
堀教授は、既存の自動車すべてが、キャパシタ電気自動車に置き換わると言っているのでは決してない。想定しているのは、街中の移動である。時速100kmもの高速で走れるわけではないし、インフラ整備も必要になるからだ。
この点に関しても、堀教授は、電車と自動車との違いを引き合いに出す。
アルプス登山鉄道やオリエント急行を見ても分かる通り、本来、鉄道はローカル色豊かな乗り物で、世界共通ではない。つまり、砂漠を走るのであれば、航続距離が長く、最高時速100km以上のガソリン車が適しているだろうが、1日20km走って時速数十km程度ならそれに適した自動車があるはず。用途や目的に応じて乗り分けていく時代になるというわけだ。
最後に堀教授は、自動車の今後についてこう語った。
「電気自動車の真髄は、実はモーターにある。そのため、『キャパシタ』と『ワイヤレス』の次に来るのが『制御』だ。つまりモーター、キャパシタ、ワイヤレス、この3つが今後、自動車の世界を大きく変えていくことになる」
堀教授が語る電気自動車の真髄、モーターの制御に関しては、次回、詳しくご紹介することにしよう。
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