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取材・文・写真/岸上祐子
2008年9月25日(木)公開EV支えるバッテリーの進化 2008年6月、東京から札幌市の北海道庁までの858.7kmを、富士重工業「スバルR1e」と三菱自動車「i MiEV(アイ ミーブ)」の2種類の電気自動車(EV)が走破した。このキャンペーンを実施したのは市民団体「日本EVクラブ」。このときのR1eの燃料費(電気代)は、たったの1713円だった。もちろん、燃料費を節約できただけではない。二酸化炭素(CO2)排出量も大幅に少なく、R1eのベースとなった軽自動車「R1」で走行した場合の排出量が1台あたり174.74kgだったのに比べ、EVは5分の1の35.12kgですんだ。
走行時に石油系燃料を使用しない、“クリーン”な乗り物として大きな期待が寄せられるEV。2009年には三菱自動車と富士重工が、さらに2010年度以降になるが、日産自動車やトヨタ自動車が市場投入する方針を発表している。しかし、その普及を進めるうえで大きなカギを握っているのが電池と充電インフラだ。
EVは「航続距離が短い」「販売価格が高い」「搭載しているバッテリーが大きいために車内スペースが十分に取れない」などの理由で、これまで普及しなかった。有限責任中間法人電動車両普及センターによると、15年以上の販売実績がありながら、保有数は、2007年末で約9400台にとどまっている。その最大の理由は、搭載するバッテリーの能力不足。しかし、ここに来て、電池の性能向上が急速に進み、いよいよ自動車メーカー各社が本格的な販売を決断したのだ。「EV充電ネットワーク」の構築に動く神奈川県では、EV対応住宅が年内に発売されるなど、周辺の関心も高まっている。
EV用電池の開発については、これまで「3つの波」があった。1970年代のオイルショックの頃に登場したEVに使用されたのは、自動車のバッテリーとして実績があった鉛電池。しかし、価格は安いが、自動車の駆動に使用するにはエネルギー密度(重量あたりのエネルギー量)が低く、蓄えられる電気の量が乏しかった。その後、1990年代に現れたニッケル水素電池は、電極に鉛などの有害物質を使わないうえ、鉛電池の2倍以上と高いエネルギー密度が得られることから、現在のハイブリッド車やEVなどに搭載されるようになった。
一方、ニッケル水素電池にわずかに遅れて登場したのが、第3の波であるリチウムイオン電池だ。電極には主にカーボン(負極)とリチウム化合物(正極)が用いられ、これまでの電池に比べるとエネルギー密度が飛躍的に高まり、鉛電池の3倍近くになった。この結果、搭載するバッテリーが大幅に軽量・小型化され、EVの車内空間を十分に確保できるようになり、車輌重量もかなり軽減された。三菱自動車は、電池パックの重量が車重の20%以内になることを「実用」の判断基準としているが、2009年に発売するi MiEVでは、ベースになったガソリン車の「i(アイ)」に比べると車体重量は200kgほど重いが、電池パックが占める重量は20%以下に抑えることができたという。
開発競争激化するEV用バッテリー i MiEVの場合、仕様によると、家庭用の200V・15Aの電源で約7時間、100V・15Aでは約14時間でフル充電となる。フル充電のときの航続距離は10・15モードで160kmに達する。もちろん、冷暖房など走行以外に電気を使った場合には、航続距離は短くなる。
このi MiEVにリチウムイオン電池を供給するのが、大型リチウムイオン電池の開発を進めるGSユアサと三菱商事、三菱自動車が出資する合弁会社で、大型リチウムイオン電池の量産化をめざし、2007年12月に設立された「リチウムエナジー ジャパン」(本社・京都市)だ。北村雅紀取締役は「EVで外出し、電池が完全に空になって帰ってくることはありえない。現実的に考えると、半分ほど電気を使ったところで充電するので、家庭では夜間に7時間程度の充電時間となるのではないか」と予想する。
EV用リチウムイオン電池、LEV50セル(写真前方)とLEV50-4モジュール(写真後方、写真提供:リチウムエナジー ジャパン) 同社への引き合いは国内だけでなく、海外からも増加している。「なかでも、環境意識の高い欧州からが多い」と北村取締役は語る。昨年12月の設立当初は、EV用リチウムイオン電池「LEV50(セル容量 50Ah)」を2009年度から年20万セル(i MiEV、2000台分に相当)の生産を開始し、段階的な事業拡大を考えていたが、現在は生産開始直後から、その5倍規模の生産能力が必要になると感じているという。北村取締役は「次の展開をすでに視野に入れている。そうでないと、とても需要に対応できない」と打ち明ける。
軽自動車「i」をベースにEV開発を進めた三菱自動車に対し、日産は新たに開発したEV専用車を2010年度に日本と米国で投入し、2012年度には世界市場に向けて量産を開始する計画だ。
同社が採用するリチウムイオン電池は、化学的に安定しているマンガン系の材料を正極に使用するほか、セルの構造を乾電池のような円筒型から薄いラミネート構造に変更することで表面積を拡大し、熱を逃げやすくして温度上昇を抑え、安全性を高めている。現在では、2000年に発売したEV「ハイパーミニ」に搭載していたリチウムイオン電池に比べて、2倍のエネルギー密度を実現しているという。電池の性能向上により、2010年度には、100Vの家庭電源を利用して一晩充電するだけで、航続距離160km、最高速度140km/hを実現することを開発目標としている。
一方、これまで大きなネックだった価格面でも、ラミネート構造にすることで部品点数を削減して製造工程を短縮し、コストダウンを実現した。比較的安価なマンガン系材料を用いることも、低コスト化に貢献している。今後、EVだけでなくハイブリッド車などにも搭載することで量産効果を高め、さらなるコスト圧縮をめざす。
キーコンポーネントである電池開発のために、日産はNECと共同で2007年4月に「オートモーティブエナジーサプライ」を設立。10万kmの走行が可能な長寿命の高性能リチウムイオン電池の開発に成功し、2009年度中の量産開始を決定している。
また、プラグイン・ハイブリッド(pHV)に力を入れ、EVにはあまり関心を示していないように見えたトヨタも、「短距離のコミューターとして優れている」としてEV市場に乗り出す。この8月には、2010年代の早期に量産化する態勢を整え、市場に本格投入する方針を明らかにした。2010年からは、松下電器産業との共同出資会社「パナソニックEVエナジー」で、リチウムイオン電池の本格生産を開始するという。
充電インフラ整備のポイントは「安心」 EVの普及を進めるうえで、もう一つカギになるのが充電インフラの問題だ。どこで充電できるのか、充電にどのくらいの時間がかかるのかなど、実用化のためには簡便なエネルギー供給の仕組みが必要になる。ガソリンスタンドのような充電ポイントが随所にないことには、EVの普及はありえない。また、家庭などで一晩かけて充電する場合と異なり、出先では、短時間である程度の距離を走れるようにできなければ現実的とは言えない。
そこで東京電力が開発を進め、ハセテック(本社・横浜市)や高岳製作所が製造しているのが最大出力50kW(最大出力電圧500V、最大出力電流100A)の急速充電器だ。i MiEVであれば、約5分間の充電で40kmの走行ができるようになる。i MiEVはフル充電で160kmの走行が可能とされているが、それに加えて随所に急速充電器があれば、途中で燃料が切れることを心配せずに、日常の足として、安心して利用できることになる。
家庭電源からの充電は車体の前面から行うが、急速充電の場合にはガソリン車の給油口の部分にあるコンセントから充電する 東電によると、この急速充電器は、大型冷蔵庫ほどの大きさで、開発段階の現時点で価格は300万円程度と見込まれており、原則として、設置を希望する事業者が費用を負担する。導入にいち早く手を挙げたイオンは、10月2日にオープンする「イオンレイクタウン」(埼玉県越谷市)に、早速、充電器を設置する計画で準備を進めている。背景には、店舗のある越谷レイクタウンが、環境省の「街区まるごとCO2 20%削減事業」のモデル地区であり、CO2排出削減が街づくりのキーワードになっているという事情もある。
イオンは、三菱自動車や富士重工による2009年のEV発売に先がけ、まず駐車場に1台を実験的に設置。その後、EVの普及具合を見て増設を検討していく予定だ。利用料の徴収については、今後の検討課題になるという。
一方、大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会と東電は、9月17日に新丸の内ビルディング地下2階駐車場に急速充電器1台を設置したほか、以降も東京駅周辺の駐車場8カ所に充電用コンセントを備えた充電スペースを確保するとしている。
EV社会を意識し始めた行政 EV社会をめざした充電インフラの整備は、企業による散発的なものばかりではない。自治体として具体的な計画を打ち出し、普及に向けて「本気」を見せているのが神奈川県だ。ハイブリッド車発売後の約5年間で、県内の自動車の約0.1%にあたる3000台が普及した実績を参考に、EVでも市販化が始まる2009年から5年間で3000台の普及をめざす。
東京電力が開発した急速充電器。神奈川県では県の施設に10基、民間施設に20基の設置を計画している このため神奈川県では、県独自の購入補助や自動車取得税の軽減措置などのインセンティブを導入することに加え、インフラ整備にも力を入れる考えだ。その手始めとして、急速充電器を2010年度までに県の施設に10台設置、さらに商業施設や公営駐車場の既設コンセントの利用協力や新規設置を呼びかけ、2014年度までに1000カ所の「EV充電ネットワーク」を構築する計画だ。
神奈川県の動きを受け、伊藤忠都市開発(本社・東京都港区)は2008年11月以降、横浜市都筑区で業界初の「電気自動車対応住宅」16戸を発売する計画だ。駐車場に200Vの専用コンセントを設置、屋内にはタイマー付きスイッチを設置して、いちいち戸外に出なくても、充電操作や電気料金が割安な深夜の充電を予約できるようにする。同社は関東及び近畿地方に販売エリアを持つが、今後、エリア内で販売する戸建住宅は、すべてEV対応にする計画。伊藤忠都市開発では、「EV対応とすることで、販売価格が高くなることはない」と説明している。
一方、国としても、充電インフラの拡充を支援する考え。2008年7月29日に閣議決定された「低炭素社会づくり行動計画」には、EVやプラグイン・ハイブリッド車の普及をめざす「EV・pHVタウン構想」が盛り込まれた。EVやプラグイン・ハイブリッド車普及のためのインセンティブの付け方や充電インフラ整備、環境教育などの啓発活動をポイントに、自治体(都道府県)からモデル事業を公募し、2009年度にスタートする。
東電の電動推進グループの姉川尚史マネージャーは、自動車メーカーや協力企業、国、神奈川県などがEV普及に向けて本腰を入れて動いていることが、ほかの自治体がEVに注目するきっかけとなっているようだと分析する。「自動車メーカーも自治体もEVの普及に向けて動き出そうとしている。EVの普及に前向きな事業者が増え、急速充電器が多く設置されるようになれば、利用者の利便性が向上し、EVの普及がさらに促進される。電力会社としてもメーカーや事業者を繋ぐ努力をしたい」と姉川マネージャーは期待をかける。実際、EV社会実現に向けた動きは関東ばかりではない。九州電力や中国電力、北海道電力などでも、現在、実証実験を重ねているところだ。
ガソリン車の運転性能と遜色なくなったEVだが、電気の消費が気になってエアコンなどの車内装備を快適に使えなかったり、集合住宅などで毎日の充電が不便だったりするようでは、利用を躊躇せざるを得なくなり、本格的な普及は難しくなる。一方で販売価格は、EVの普及が見込まれ、まとまった台数が生産されるようになってはじめて低価格化が進む。EVを取り巻く状況は、誰かが強力に牽引しているというわけではなく、自動車メーカーや部品メーカー、電池メーカー、自治体、電力会社などが手探りで進めている段階だ。それでも、低炭素社会の実現という社会の期待が、強力にEVの普及を後押しし始めている。
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