米オバマ政権の経済政策「グリーンニューディール」が始動した。
環境を切り口に巨費を投じ、停滞した米国経済の復活を目指す。
特需は最先端の環境技術を持つ日本企業にとっても追い風となる。
今後10年で環境分野に1500億ドル(約14兆7000億円)を投じ、500万人の雇用を創出する――。米オバマ政権が経済政策「オバマノミクス」の一環として掲げたグリーンニューディール政策が、いよいよ動き始めた。
グリーンニューディールは、再生可能エネルギーの導入や環境ビジネスへの参入などを政府が支援することで、環境を切り口にした21世紀型の新しい産業を起こす経済政策だ。1929年に起きた世界恐慌を克服するため、フランクリン・ルーズベルト大統領(当時)が公共工事などに巨費を投じて雇用を創出した「ニューディール政策」の現代版と言っていい。
バラク・オバマ大統領が掲げた目標は壮大なものだ。柱の1つが再生可能エネルギーの導入である。全電力に占める太陽光や風力などの「再生可能エネルギー」の比率を、2012年までに10%、2025年までに25%に引き上げる。
日本版の施策はやや小粒
中東などからの石油の輸入量を大幅に削減する目標も掲げた。家庭で充電し、電気自動車としても走行できるプラグインハイブリッド車の台数を2015年までに100万台に増やす。米自動車メーカーの技術開発や生産設備の刷新を支援し、米国製の低燃費車の購入者には7000ドル(約68万6000円)の税控除も実施する。
米国は一連の施策を通じて、最終的にはCO2(二酸化炭素)を含む温暖化ガスの排出量を、2050年までに1990年比で80%削減する方針だ。ブッシュ前政権時代、温暖化ガスの排出削減目標を定めた京都議定書から離脱したことを考えれば、180度の方針転換と言っていい。
日本でも同様の動きがある。それが「緑の経済と社会の変革」、通称・日本版グリーンニューディールである。ただし、日本版は米国の“本家”と比べると小粒な印象は否めない。
日本版の柱は、太陽光発電の導入支援だ。学校や官公庁などの公的施設に太陽光発電設備を設置したり、太陽光で発電した電力を、電力会社が2倍程度の価格で買い取ることを義務づける。ハイブリッド車のような低公害車に対する重量税の減免も注目だ。
政府は中期的に、「2015年までに環境ビジネスの規模を100兆円産業にし、220万人の雇用を創出する」との方針を掲げている。「これを前倒しにする必要があるとの認識で一致している」と環境省の担当者は言う。
欧州では「グリーンニューディール」という呼び方こそしないものの、各国政府が環境分野に力を入れていることは変わりない。欧州連合(EU)は太陽光発電や風力発電のような再生可能エネルギーの導入に力を入れている。特にドイツとスペインは風力発電に熱心で、発電能力を火力発電所数カ所分にまで増やそうとしているという。
世界的には風力が主流に
再生可能エネルギー
世界中で盛り上がる環境特需――。新しい産業がまさに立ち上がろうとしている中で、どのような技術が注目されているのか紹介しよう。
CO2排出量がゼロということもあり、注目されている再生可能エネルギー。世界的には、現時点で主力となっているのは風力発電だ。「発電効率が高く、総発電量を見ても圧倒的に多い」と、日本エネルギー経済研究所の冨田哲爾・研究主幹は説明する。
欧州では大規模な風力発電所の設置が増えている。米国では2008年に導入が急速に進み、「ドイツを抜いて世界で最も風力発電の導入が進んだ国になった」と冨田研究主幹は言う。中国でも新規導入が急速に増えており、国土が広大な国を中心に今後も採用が増えそうだ。
風力発電は風の力で風車を回転させて、発電機を回すのが基本的な仕組みだ。
効率よく発電するには、できるだけ大きな風車を高い場所に置くのがいいので、設備の大型化が進んでいる。例えば直径100mの風車を置くには、高さ百数十mの支柱が必要になる。風車の羽根は軽いだけでなく、突風でも破損しない強度や低騒音であること、そして故障しにくいことも重要だ。
風力発電の設備で強みを持つメーカーの多くは欧米に多いが、日本勢では三菱重工業が世界市場に食い込んでいる。このほか、風車を回す高精度なベアリングや歯車、金属部品を加工する工作機械で日本企業が強みを持つ。
「製造業だけでなく、風車の保守や建設、輸送など、関連分野の裾野が広いことも注目に値する」と、日本風力発電協会の鈴木章弘理事は言う。
国内市場は太陽光が中心
一方、国内では太陽光発電が主力になりそうだ。
日本エネルギー経済研究所の冨田研究主幹は、その理由を「風力発電に適した土地が北海道や東北、九州などに限られているうえ、大都市から遠いので送電する際の制約が多い」と説明する。
日本のように国土が狭いうえに山間部が多く、都市に住宅が密集している国にとって、建物の屋根に置くだけで発電できる太陽電池は最適な電力供給源となる。
太陽電池は、半導体の性質を利用して電子のエネルギーを電力に変換するのが基本構造。光吸収層の材料によって方式はいくつかある。
シリコンを用いた方式は、薄く切断したシリコンを用いる結晶型と、薄いシリコンの膜を基板上に生成する薄膜型がある。
薄膜型はシリコン層の厚みが結晶型の100分の1程度なので材料が少なくて済むうえ、量産しやすいのが特徴。ただし、変換効率が結晶型よりも劣るのが弱点だ。このほか、有機化合物を使った太陽電池もある。
太陽電池の2007年の世界シェアは、1位がドイツのQセルズで9%。シャープと中国のサンテック・パワーが8%、京セラが5%で続く。Qセルズやシャープなど、主力メーカーの多くが採用しているのは、変換効率が高い結晶シリコン型。これに対して薄膜シリコン型は、最近になって中国や台湾のメーカーによる参入が急増している。
その理由を太陽光発電協会の岩下金次広報部長はこう説明する。「極端なことを言えば、薄膜型は製造装置さえあれば量産できるからだ」。
かつてパソコンや携帯電話に使う半導体メモリーのDRAMが、韓国や台湾のメーカーの参入で競争が激化したように、太陽電池の市場も競争が激化する可能性がある。ただし、アルバックなどの半導体製造装置メーカーにとっては、追い風になりそうだ。
同じ太陽光を用いた発電でも、熱帯地域では太陽熱発電の導入が進みそうだ。太陽熱で水から高温の蒸気を作り、タービンを回して発電する。蓄熱材を用いれば日が陰っても発電できるので、日射量の多い中東やアフリカなどに向くという。
ただし、風力や太陽光といった再生可能エネルギーにも弱点はある。
風や太陽光の強弱に発電量が左右されて出力が安定しないので、電力網を通る電圧が不安定になる。そこで発電設備にバッテリーを接続しておくことで、電力網に流す電圧を一定に保つ技術が注目されている。
このバッテリーとして有力なのが、次世代のハイブリッド車や電気自動車で採用される可能性が高いリチウムイオン電池である。
リチウムイオン電池はパソコンや携帯電話の小型バッテリーとして一般的だが、大型で大容量の製品は実用化できていない。今後の開発スケジュールによっては、シェア首位の三洋電機など日本メーカーにとって大きな商機となりそうだ。
将来は電力網の刷新も必要
将来は電力網のインフラも刷新が必要になる。
現在の電力網は、大規模な発電所から多数の家庭や企業に向けて電力を一方通行で送ることを前提に構築されている。多数の発電設備から電力が少量ずつ流入することは想定していないうえ、容量不足も懸念される。
そこで注目されているのが、次世代電力網の「スマートグリッド」だ。
スマートグリッドは、家庭や企業に分散して設置した発電設備から電力を電力網に集約し、それを利用者に再配分する。発電を「大規模・集約型」から「小型・分散型」へと移行させるものである。コンピューターの世界に例えると、ネットワークを通じて複雑なデータを分散処理するのと似ている。
スマートグリッドの実現には複雑化する電力の流れを制御する技術の確立が求められる。
送電する際の電力の損失を低減するために、超電導技術を利用した高効率送電線の実用化も、まだ時間が必要だ。当然のことながら、いずれも技術開発と導入には莫大なコストもかかる。電力会社も事業構造の転換を迫られる。
原発回帰の動きが進む
高効率発電
エネルギー政策の目指す方向は、「原子力か新エネルギーか」ではなく、「原子力も新エネルギーも」――。
これは資源エネルギー庁が、日本のエネルギー政策として示した方針である。政府は「原子力立国」の旗印を掲げ、電力の安定供給源として原子力発電を位置づけ、それ以外を主に太陽光や風力といった再生可能エネルギーで補うとの考えだ。
日本に限らず、世界的に見ても原発を見直す機運が高まっている。2008年の世界の原発による発電量は431ギガワット(ギガは10億)で、2030年には1.4倍の600ギガワットに増加する見通しだ。
「地球温暖化と脱化石燃料の動きの中で、CO2排出量が少ない原発が見直されている」と、三菱重工業原子力事業本部の上田泰裕・原子力業務部企画グループ長は言う。実際、原発の段階的廃止を進めていた英国では昨年、原発の新設を政府が承認。今年2月にはイタリアが脱原発政策を転換した。
原発の基本原理はこうだ。まず、核燃料を原子炉で核分裂反応させる。発生した熱エネルギーで蒸気を生成し、タービンを回転させて発電する。
一般的に使われる原子炉は「軽水炉」と呼ばれ、沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)がある。
BWRは核分裂の熱で水を沸騰させて蒸気を作る。構造がシンプルな半面、発電に利用された蒸気は放射能を帯びているので、保守・管理コストがかかる。
PWRは高圧をかけた水を核分裂によって高温に熱し、その熱を利用して別のパイプを流れている水を沸騰させて蒸気を生成し、タービンを回す。蒸気は放射能を帯びないので安全性の面でBWRよりも有利だが、構造が複雑なので建設コストがかかる。
原子炉の主要メーカーは、主に3つの陣営に分かれる。東芝と米ウエスチングハウス(WH)、日立製作所と米ゼネラル・エレクトリック(GE)、三菱重工と仏アレバである。東芝は2006年にWHを買収したほか、日立はGEと原子力事業を統合。三菱重工とアレバは技術提携している。これらのメーカーにとって、世界的な原子力回帰の流れは、追い風になりそうだ。
既存の火力発電も進化
一方、従来型の火力発電の効率を高める動きもある。その1つが、ガスタービン・コンバインドサイクル発電(GTCC)だ。GTCCは、天然ガスや石油の燃焼によってガスタービンを回して発電し、さらに廃熱で水蒸気を作って蒸気タービンを回して発電する。発電効率が高いので、発電量に対するCO2排出量は少ない。
「従来型の石炭火力発電と比べると、CO2の排出量は半分で済む。発電量当たりのコストでも競争力があるので、米国で導入が進みそうだ。まだ発電効率が低い風力発電や太陽光発電と比べて現実的な解決策と言っていい」。三菱重工原動機事業本部事業戦略部の土山嘉啓次長は、こう説明する。
GTCCと似た技術として、石炭ガス化複合発電(IGCC)も注目されている。石炭をガス化して燃焼させてガスタービンを回し、GTCCのように廃熱で蒸気を作って発電する。天然ガスや原油と比べて石炭の方が安価なので、新興国で注目されそうだ。
これらの次世代型火力発電は高効率とはいえ、CO2を排出することには変わりない。そこで研究が進んでいるのが、CCS(CO2の回収・貯蔵)と呼ばれる技術だ。
CCSは、吸着液などを用いて、火力発電所の排ガスからCO2を分離・回収する。地中深くにある原油や天然ガスを採取した後の空間に閉じこめたり、深海に投棄して水の圧力で閉じこめる方法が一般的だ。ただし、大気中にCO2が漏れ出す危険性もあり、技術開発が続けられている。
ハイブリッド車に追い風
低公害自動車
昨年9月のリーマンショック以後、世界の自動車産業が苦境にあえいでいる。日米の政府がグリーンニューディール政策を打ち出した背景にも、ハイブリッド車などの低公害車の導入を促すことで、厳しい状況に置かれた自動車産業を支援しようとの思惑がある。
中でも米国政府の支援策は、自動車メーカーに対する技術開発や設備刷新の支援、米国製低公害車の購入者への7000ドル(約68万6000円)もの税控除など、非常に手厚い。自動車の低公害化は急速に進むはずだ。
ハイブリッド車の世界市場規模は2018年に962万台規模へと飛躍的に成長する――。この見通しは昨年10月、JPモルガン証券が出したものだ。2007年の市場規模は50万台なので、10年で約20倍になる計算である。
同社の予測によると、2018年の新車販売台数に占めるハイブリッド車の比率は世界で10.2%、米国で17.4%、日本で15.4%となる。つまり、先進国では5~6台に1台がハイブリッド車に置き換わる計算だ。
ハイブリッド車は、ガソリンエンジンと電気モーターの両方を搭載しており、基本メカニズムは大きく分けて3種類ある。まず、エンジンを発電だけに利用し、電気モーターで駆動する「シリーズ方式」。エンジンと電気モーターの両方で駆動する「パラレル方式」と、さらに充電専用の発電機を加えた「スプリット方式」である。トヨタ自動車が「プリウス」で採用したのはスプリット方式で、ホンダの「インサイト」はパラレル方式だ。
ハイブリッド車は、ガソリンエンジンと電気モーターの両方を搭載しており、基本メカニズムは大きく分けて3種類ある。まず、エンジンを発電だけに利用し、電気モーターで駆動する「シリーズ方式」。エンジンと電気モーターの両方で駆動する「パラレル方式」と、さらに充電専用の発電機を加えた「スプリット方式」である。トヨタ自動車が「プリウス」で採用したのはスプリット方式で、ホンダの「インサイト」はパラレル方式だ。
スプリット方式は、エンジンからの動力をギアを用いて分割(スプリット)し、車輪と発電機の駆動に振り分ける。動力を走行と発電の両方に利用できるので、エネルギー利用効率が高い。パラレル方式はこれを簡素化したもので、エンジンでの走行をモーターが補助する位置づけだ。
本命はプラグインハイブリッド
これらのハイブリッド車は、あくまで従来型のガソリンエンジンが中心で、電気モーターはあくまで補助的な位置づけになる。その発展形が、短距離であれば電気自動車として走行できるプラグインハイブリッド車だ。
家庭用電力でバッテリーを充電しておけば、数十kmは電気モーターだけで走行できる。バッテリーの電力がなくなれば動力をエンジンに切り替えるので、充電のことを気にする必要はない。トヨタや米ゼネラル・モーターズ(GM)などが、2010年までに実用化する方針だ。
その普及のカギを握るのがバッテリー。現在のハイブリッド車は、主にニッケル水素電池を採用している。ところがニッケル水素電池では、電気モーターだけでは数kmを走行するのがやっとの状態だ。
そこで、パナソニックEVエナジーや三洋電機などの電池メーカーが開発に力を入れているのが、携帯電話やパソコンにも使われているリチウムイオン電池である。ニッケル水素電池と比べてエネルギーが高密度なので、プラグインハイブリッド車に搭載すれば電気モーター単独での走行距離を伸ばせる。これは日産自動車や三菱自動車が今年以降に投入を予定している電気自動車でも同じだ。
ただし、リチウムイオン電池は過充電・過放電に弱いうえ、コストが高い弱点がある。JPモルガン証券の高橋耕平アナリストは、「電気自動車として一定距離の走行が可能なプラグインハイブリッド車の普及には、さらなる電池性能の向上とコストダウンが必要」と説明する。
バッテリーの材料を提供している日本の素材メーカーも存在感を示している。バッテリーの正極と負極を分けるセパレーターなどを提供している旭化成や住友化学、三菱ケミカルホールディングスである。中でも旭化成は、セパレーターで世界50%のシェアを持つ。ハイブリッド車の普及が進めば、従来の自動車業界の枠組みに属さない企業が注目されることになりそうだ。
日経ビジネス 2009年4月6日号70ページより