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アメリカ三大自動車メーカーが軒並み不調を訴えている中、アメリカのあるスタートアップ(新興企業)が次世代自動車業界のメイン・プレーヤーとして注目を集めている。
その名は、ベター・プレイス。シリコンバレーの中心地パロアルトを本拠に、約1年前に設立された会社だ。
自動車業界の競争ルールを根底から書きかえるプレーヤーと目されているものの、ベター・プレイスは自動車メーカーではない。電気自動車のための充電ステーションを全国に張り巡らせる、いわばインフラ会社だ。
「われわれのビジネスモデルは携帯電話と同じ」と語るのは、創設者でCEOのシャイ・アガシ。まだ40歳代初めだが、ソフトウェア会社SAPの重役にまで上り詰めた後、電気自動車を世界に普及させるための広大なビジョンを描いてベター・プレイスを設立。1年足らずの間に、イスラエル、デンマーク、オーストラリア各国の政府を説得して、すでにインフラ計画を動かしているやり手である。オバマ政権が新たに設置すると言われるエネルギー政策の“CTO(チーフテクノロジーオフィサー)”として名前も上がっているほどだ。
ベター・プレイスは再生エネルギーをバルクで買い取り、それを既存の電気グリッドに載せ、随所に設ける充電ステーションでの蓄電を可能にする。一方、ベター・プレイスのサブスクライバーは、必要な走行距離に合った契約料金を払うが、電気自動車自体は何と「無料」で受け取ることになる。
ちょうど通信会社と通話時間ごとの契約を結び、ハードウェア自体はほとんどタダ同然という携帯電話と同モデルと言われるゆえんが、これだ。電気自動車が普及するための最大の障害は、長距離を走る際に必要とされる充電場所がないことだが、ベター・プレイスは要のインフラという商機を抑えようとしているわけだ。
現在電気自動車構想については、世界でいくつものプロジェクトが進められている。同じシリコンバレーでは、1台10万ドル以上する電気スポーツカーを設計、製造するテスラ・モーターズが注目を集め、ライス国務長官も試乗にやってきた。グーグルの創設者も含め1年先の製造分まで注文が集まっていると話題になっていたのだが、経営陣の内輪もめに加えて、不況に打撃を受けて資金が滞り、行く先が危ぶまれている状態だ。
「今のガソリン自動車よりも安くならなければ、消費者が電気自動車に乗り換えることはない」と強調するアガシ氏は、高級自動車ではなく、あくまでも「マス」に照準を合わせて、ベター・プレイスを作り上げた。各国で電気会社と提携してエネルギーを抑え、すでにルノー日産とアライアンスも組んだ。電気自動車はルノー・日産が製造、供給する。
またハイブリッド車に対しても、「値段の高いハイブリッド車と無料の電気自動車との選択肢を与えられれば、消費者は必ず電気自動車を選ぶ」と、同氏は完全な電気自動車普及に向けて強気の姿勢も見せている。
ベター・プレイスの計画が先行しているイスラエルでは、来年までに500台の電気自動車を投入し、1万カ所の充電ステーションを設置してシステムのテストを行うことになっている。その後徐々に数を増やしていき、2010年には充電ステーションを35万から50万箇所に拡大し、自動車も大量投入する体制を見込んでいる。
充電ステーションは、町の中の駐車場、集合アパート、住宅地、オフィス街などに設けられ、駐車場の5分の1が電気自動車の充電ステーションとなる感覚だという。100マイル(約160キロ)走行するごとに充電が必要になるが、自動車に搭載されたGPSが近くのステーションの場所を表示する。
また電池交換ステーションも設置され、長距離走行の際には充電の時間をかけることなく電池交換を続けながら目的地を目指すこともできる。
ベター・プレイスは、イスラエル計画のコストを10億ドルと見積もっている。1人のサブスクライバーあたりのコストが500ドルになる計算で、サブスクライバー自身は現在のガソリン自動車の価格や維持費よりも安い契約費で運転ができ、その上原油価格の変動に影響されることがないのが利点だ。
ベター・プレイスは、アメリカやイスラエルのベンチャー・キャピタルなどから2億ドルの投資を受けた。イスラエル計画は、シモン・ペレス大統領の強い後押しによって始まったが、アガシ氏は電気自動車普及には政府の強い協力が必要だと語る。同国では、電気自動車保有者に対する各種優遇制度も実施されている。また、アメリカでは、サンフランシスコ市やハワイ州がすでにベター・プレイス計画に関心を示しているという。
同様の提携は、フランス電力(EDF)とトヨタ、プジョー、ルノー日産間、ドイツのライン・ウェストファーレン電力(RWE)とダイムラー間などで広がっているが、これはベター・プレイスが提唱したインフラ・モデルの正しさを証明する。当初そのとてつもないビジョンには懐疑的な批判が多かったが、今ではほとんど聞かれなくなった。
(文/ジャーナリスト 瀧口範子)
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