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キーワードは「適時・適地・適車」
講演者:岡本一雄
トヨタ自動車 副会長主催:日経BP社
協力:日経BP環境経営フォーラム/ECO JAPAN/日経エコロジー/日経ビジネス/日経エレクトロニクス/日経コンピュータ/日経アーキテクチュア
協賛: 電気事業連合会、 ヤマト運輸、 TDK、 日産自動車、 富士通、 日本アイ・ビー・エム、 JR東日本、 サントリー、 日立製作所、 シスコシステムズ、 森ビル、 インテル、 三井物産、 トヨタ自動車、 矢崎総業、 フジタ、 日本ユニシス、 電源開発、 MISAWA・international
取材・文/増谷茂樹 写真/山西英二
2008年11月10日(月)公開
自動車産業が解決すべき3課題 世界的な景気後退、原油や資材の高騰など、現在、企業の経営環境は厳しくなっています。それと同時に、温暖化やエネルギーの問題も深刻さを増しています。そんななか、トヨタ自動車としてどのように経営に取り組んでいるのか、また技術開発にどのように取り組んでいるのか話したいと思います。
まず、自動車産業を取り巻く課題です。ご存じのとおり、19世紀の産業革命以降、産業や技術は大きく発展し、20世紀はグローバル化が進みました。そうした産業や経済の発展に伴い、人口や自動車の台数が増加し、化石エネルギーの消費も増加しています。こうした状況を受けて、自動車産業が持つ課題とは次の3つに集約されます。一つ目は大気汚染の防止、二つ目は二酸化炭素(CO2)排出量の削減、三つ目は石油に代わる代替エネルギーへの対応です。特に、最近の緊急課題となっているのが、CO2削減や代替エネルギーへの対応です。
CO2の削減は、言うまでもなく世界的な重要課題です。産業革命以降、私たちは石炭や石油などの化石エネルギーを大量に消費してきました。石油は、地球が太陽エネルギーを約2億年かけて貯めたものだと言われていますが、私たちはそれをわずか200年ほどで使い果たそうとしています。その結果、大気中のCO2濃度が急激に上昇しており、このままでは、大規模な気候変動が発生するのが確実視され、また、すでに始まっているとも言われています。
途上国の急激な発展もあって、大気中のCO2濃度は上昇し続けており、何の対策も施さなければ、2050年には2005年の2倍になるとも予測されています。このような傾向は、最近の世界経済の冷え込みで若干ずれ込む可能性はありますが、大勢に変わりはないと思われます。
2005年の全世界のCO2排出量である約271億tの内訳を部門別に見ると、発電部門が46%と約半分を占め、製造業などの産業部門が19%、自動車や飛行機、船などが移動中に出す、いわゆる運輸部門は23%です。世界のトヨタグループの工場から排出されるCO2は産業部門の0.1%、世界全体の約0.03%にすぎませんが、トヨタの自動車が排出している量は運輸部門の7%、世界全体の約1.6%に相当すると推定されます。
代替エネルギーとCO2削減努力 石油の消費については、中国やインド、ロシアなどの経済発展に伴い、需要は今後も急増すると予想されています。一方で、石油の生産は今後20~50年でピークを迎えるとの予測もあり、こちらも大変大きな問題です。したがって、発電や産業の部門では、石油以外にも石炭や天然ガス、オイルサンドなどの非在来型石油、さらに風力やバイオマスなどの再生可能エネルギーなど、一次エネルギーの多様化を図っていくことになります。現在、自動車は動力源のほとんどを石油に頼っていますが、今後は石油価格の高騰や石油資源の枯渇に備え、多様なエネルギーの活用を図る必要があります。自動車が発明された百数十年前の状況に戻って、エネルギーを再検討することが必要でしょう。
こうした課題に対応するシナリオについては、下の図のように考えています。大気汚染物質やCO2を減らしながら、代替エネルギーへの転換を図る方策です。左は自動車用燃料のもとになる一次エネルギーです。石油から精製されるガソリンや軽油は、自動車にとって最も使いやすいエネルギーであることから、当面は主流になると考えています。その一方で、オイルピークが迫っていることは間違いありませんから、石油に代わる多様なエネルギーのなかから、自動車にあったエネルギーを選択し、それに適合するパワートレインの開発を進めなければなりません。同時に、排気ガスのクリーン化とCO2の削減を図ることも不可欠です。図に描かれている大小さまざまな壁は、普及の過程で乗り越えなければならない課題の大きさを示しています。これらの壁を乗り越えるためには、多くの技術開発が必要になります。
■代替エネルギーへの転換には技術開発が不可欠
自動車を通じた豊かな社会づくり 次にトヨタの環境経営について説明します。トヨタは世界170カ国以上で自動車を販売しており、2007年にはグループ全体で937万台を販売しました。自動車以外でも、住宅・物流・航空・金融など多くの分野で事業を展開しており、世界に約530の連結会社を持ち、30万人以上の従業員が働いています。
世界における自動車保有台数は現在約9億台と言われています。直近の20年は、ほぼ5年ごとに1億台ずつ増加しています。今後1~2年は、このペースもやや落ちることが予測されますが、アジア地域などの保有台数はこれからも増え続けると予想されます。そして、台数の増加に伴い、自動車の環境に与えるインパクトも増大するものと認識しています。したがって、「地球環境とエネルギー問題への対応なくして自動車の未来はない」という認識で事業活動を行っています。
トヨタは創業以来、「自動車を通じた豊かな社会づくり」に貢献することを基本理念に事業を営んできました。豊かな社会づくりへの貢献とは、社会・地球の持続可能な発展への貢献です。創業者である豊田佐吉の遺訓として、1935年にまとめられた「豊田綱領」に始まり、昨年に策定した「トヨタグローバルビジョン2020」でも、しっかりと示しています。
持続可能な社会発展のためには、環境保全と経済成長の両立が必要となりますが、その鍵を握るのが技術革新であると考えています。技術を生み出すのも活用するのも人間です。トヨタは人と技術の力を結集することで、豊かな低炭素社会の実現に貢献したいと考えています。具体的には「三つのサステイナビリティ」をキーワードに、「研究開発」「モノづくり」「社会貢献活動」の三つの分野で地球温暖化問題とエネルギー問題への対応を強化していきます。
■豊かな低炭素社会の実現のために人と技術の力を結集
「Zeronize 」と「 Maximize」 続いて、トヨタの技術開発について説明します。トヨタでは「Zeronize & Maximize」というビジョンを掲げて、商品・技術の開発を行っています。「Zeronize」とは、大気汚染やCO2の増加、交通事故など自動車の持つマイナスのインパクトをできるだけ小さくしてゼロに近付けるという意味の造語です。「Maximize」とは、自動車の持つ利便性や快適さ、楽しさ、喜びなどのポジティブなインパクトを最大化していこうという意味です。この二つがトヨタの技術開発の基本理念です。
CO2排出量を減らし、さらなる燃費の向上を図るためには、今後、車両の小型・軽量化を一層加速させる必要があると考えています。その一例が、今年10月15日に発表した小型車の「iQ」です。このiQは、軽自動車よりも短い全長3mを切るボディサイズに大人4人が乗車可能という革新的なパッケージングを実現しました。
小型車だけでなく、すべての車種にとって、ボディの軽量化はさらなる燃費向上を図るうえで欠かせない取り組みですが、そのコンセプトを表現したのが、昨年の「東京モーターショー2007」に出展した「1/X」というコンセプトカーです。将来的には、「1/X」に導入した軽量化技術をすべての自動車に採用していく必要があると考えています。
そして、トヨタのCO2削減や省エネのコアとなる技術がハイブリッド技術です。ハイブリッドの優れた点は単に燃費が向上するだけでなく、減速時に捨てていたエネルギーを回収して利用するなど、画期的なエネルギーマネジメントを行うシステムであるということです。燃費の向上とともに、排気ガスのクリーン化などにも寄与します。そのため、最近は各社が相次いでハイブリッド技術を採用しています。
ハイブリッド車は、同一の車重クラスで比較した場合、CO2排出量が少ないと言われているディーゼル車よりも約20%程度CO2排出量が少なく、しかも排気ガスはよりクリーンなシステムです。
■優れた燃費性能を実現するエネルギーマネジメント
プラグイン・ハイブリッド車への期待 トヨタでは1997年のプリウスの発売以来、ディーゼルハイブリッドトラックも含めたハイブリッド車の累計販売台数が150万台に達しました。来年の「デトロイトモーターショー」では、トヨタおよび「レクサス」ブランドから、ハイブリッド専用モデルを出展し、ラインナップの拡充を図ります。そして、2010年代のできるだけ早い時期にハイブリッド車だけで年間100万台の販売をめざし、2020年代にはトヨタの全車種にハイブリッドモデルを設定し、より一層の普及に努めます。
当社の試算では、累計150万台のハイブリッド車によって、これまでに約270万キロリットルのガソリンを節約し、CO2排出量で約700万tの削減に貢献できたと考えています。ハイブリッド車を含めたトヨタの全車平均燃費は、1997年から2007年までの過去10年間で28%向上しています。これをCO2排出量に換算しますと、累計で約3400万t削減したことになります。今後は、ハイブリッド車のさらなる普及に向け、より一層の燃費・性能の向上に加えて、小型化・軽量化・低コスト化を進めていきます。初代のプリウスに比べ、ハイブリッドシステムの大きさ・重さ・コストを4分の1にするという目標を掲げ、開発を進めています。
プラグイン・ハイブリッド車は、専用の充電インフラを必要とせずに最大限に電気エネルギーを活用し、ガソリン消費を抑え、CO2排出量も削減できる自動車であると考えています。家庭用電源で充電でき、近距離は電気のみで走行し、高速走行などではエンジンで出力をサポートします。遠距離の移動には通常のハイブリッド車として使用できるので、電気自動車(EV)の抱える問題である航続距離を心配する必要がありません。プラグイン・ハイブリッド車は、電気エネルギーを最も効率的に活用できる自動車であると考えています。
現在、実証実験を行っているプラグイン・ハイブリッド車の場合、1日に25km程度の走行では、通常のガソリン車よりも40~50%CO2排出量が少ないプリウスと比較しても、さらに13%ほどCO2排出量を抑えることができます。これは日本の場合の数値で、フランスのように原子力発電の割合が高い国では、さらに削減幅が大きくなり、プリウスに比べて45%ほど削減することが可能です。風力や太陽光など自然エネルギーを使った発電の割合が高くなれば、さらに効率的になるでしょう。
現在、日米欧で実証試験を行っているプラグイン・ハイブリッド車は、プリウス用のニッケル水素電池を2個搭載したもので、電気のみでの航続距離は約10kmほどです。それでも、通常のガソリン車に比べて大きなCO2削減効果が実証されています。今後、2010年までには、リチウムイオン電池を搭載したプラグイン・ハイブリッド車をフリートユーザー(自治体や電力・石油会社などの大口顧客)向けに販売する予定ですが、この車両では、電気による走行距離はさらに伸びる見込みです。
究極のエコカーへのアプローチ かつてトヨタは「RAV4」をベースにしたEV「RAV4 EV」を市場に投入しましたが、普及にはいたりませんでした。これは、航続距離が短い、充電時間が長い、たくさんの電池を搭載する必要があるため、コストが高くなってしまうことなどが原因でした。EVの普及には電池の革新的な技術開発が不可欠です。近い将来、実用化されるリチウムイオン電池の搭載車両でも、大量の電池搭載による高コスト化、急速充電時には専用インフラが必要なことなどが課題となり、近距離のコミューターとしての用途が現実的であると思われます。
これまでにもトヨタは、「e-com」のような小型EVの研究開発を進めてきましたが、今後はその研究をさらに加速させます。そして、将来、革新的な電池が開発された暁には、一般車としてEVを導入することが可能になると考えています。
燃料電池車についても、世界トップクラスの性能を持つ自社開発のFCスタック(燃料電池)を活用して開発を進めており、技術的な課題も、着実に解決しています。これまで問題だった航続距離についても、従来比25%の燃費向上を図るとともに、高圧水素タンクの使用水素可能量を約1.9倍に高めることによって、実用航続距離500km以上を確保できました。昨年の実証走行では大阪~東京間の約560kmを、水素タンクの使用量約7割で完走しました。また、2年間にわたりカナダで寒冷地試験を行い、マイナス30℃の環境下でも始動・走行が可能であることを確認しました。
これらの技術を取り込み、今年6月3日に、国土交通省より新型「FCHV-adv」として型式認証を取得し、年内には国内で限定発売する予定です。本格的な燃料電池車の普及には、コストの低減や長期信頼性の確保などの課題が残されています。また、燃料である水素供給インフラの整備や、水素製造時のCO2低減策など、自動車側以外の課題も大きいため、今後も関係機関と協力しながら課題の解決に取り組んでいきます。
このように、究極のエコカーへの道のりは、一本ではありません。自動車側の技術だけでなく、世界各国・各地域のエネルギー事情にあった自動車の開発が不可欠です。そのためトヨタでは「適時・適地・適車」──必要な時期に、必要な場所に、必要な自動車を提供する──という考え方で開発に取り組んでいます。ガソリン車やディーゼル車、代替燃料車など、それぞれのパワートレインの性能向上に取り組むとともに、それらにハイブリッドシステムを組み合わせることで、究極のエコカーに近付けるものと考えています。
■普及のためにはインフラ整備が不可欠
自動車の世界を楽しみ続けるため 最後に、道路交通セクターにおける取り組みについて紹介します。道路交通セクターでのCO2削減やエネルギー問題の解決には、自動車側だけでなく人や交通環境の改善など、社会全体として総合的な取り組みが重要です。例えば、ドライバーのエコドライブに対する意識を高めたり、交通インフラの整備による交通流の円滑化により運輸のCO2削減は一層進みます。
現状のままでは、世界の道路交通セクターからのCO2排出量は、2030年に現在の1.6倍に達し、ピークアウトが困難です。これは、OECD(経済協力開発機構)非加盟国を中心とする自動車の増加が一つの要因です。しかし、社団法人日本自動車工業会の提言するグローバルな総合対策を行った場合の予測では、自動車の燃費改善のほか、交通流の改善やエコドライブなどがより推進されることで2025年には減少傾向に転じるとされています。
こうした自工会の提言する総合的な取り組みにも、トヨタは積極的に参加していきます。
■交通セクターの削減には三者の連携が重要
交通セクターのCO2削減やエネルギー問題を解決するためには、「人」「クルマ」「交通環境」の連携による総合的な取り組みが重要
これまで見てきたように、環境やエネルギー問題への取り組みは、将来が不透明であるだけにリスクが大きいと思われがちです。しかし、何もしないままでは、企業として生き残ることはできません。トヨタではさまざまな手段で世界中の情報を収集し、最先端の技術開発を行っていますが、ここで重要なのは「他社より先行できるか」「いかにコストアップを抑えるか」ということではないと思っています。自分たちが取り組もうとしていることが「未来の世のため人のためになることか?」と問い続けることが大切だと考えています。
せっかく、自動車というツールを持ちながら、ガソリンの高騰によって使う機会を減らさざるを得ない時代が来ないとも限りません。サステイナブルな自動車の世界を楽しむためには、従来をはるかに上回るペースで技術開発を実施していく必要があります。今こそ、技術の力で未来を切り開いていく、むしろ切り開いていかなければならない、大変よい時代が来たと実感しています。
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