持続可能なモビリティーに向けた次世代自動車として、燃料電池車とともに世界の自動車会社による各種電気自動車の開発競争が激しくなってきた。いわゆる電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、そしてプラグインハイブリッド車(PHEV)である。 いずれの車種もバッテリーとしてリチウムイオン電池を搭載する。したがって、このリチウムイオン電池の開発が次世代自動車のカギを握っているわけだ。そのため、自動車会社各社は電池の開発をめぐり関連企業との戦略的パートナー関係を構築するなど、その動きは世界中で活発化してきている。 現在のハイブリッド車には、ニッケル・水素電池が使われている。しかし、エネルギー密度が低く、電池による走行距離はわずか十数キロメートルであるため、エネルギー密度が高く、航続距離が長い、しかも安全性に問題がない電池の開発が急がれている。それがリチウムイオン電池である。この電池は、既にラップトップのPCや携帯電話などポータブルの電子機器には多く使われているが、各種電気自動車用には、PC用電池の100倍の大容量高性能電池が必要でありいまだ開発途上にある。
さて、この電池に必要なリチウムの資源事情を見てみよう。
2005年における世界のリチウムメタルの生産量は2万1400トンであった。そのうち主要生産国はチリが8000トン、オーストラリア4000トン、中国2700トン、ロシア2200トンそしてアルゼンチンが2000トンである。リチウムメタルの埋蔵量は、世界トータルで1340万トンのうち、未開発のボリビアが540万トン、生産量で最大のチリが300万トン、アルゼンチン200万トン、ブラジル91万トンで、南米4カ国で、実に84%の1131万トンを占める。 中国は110万トンで、残りは数10万トン規模である。燃料電池車に必要な白金が南アフリカ共和国に、そして石油が中東に偏在していると同じようにリチウムも南米に極端に偏在し、地政学的な不安定性を抱えているのである。埋蔵量の1340万トンについては、米地質調査所(USGS)によると1100万トンと、より低く評価されている。 電池に使われるリチウム資源は、塩湖に賦存しており、主として炭酸リチウムとして産する。炭酸リチウム(Li2CO3)としての埋蔵量は、USGSによると5800万トンとされている。世界のリチウム生産量のうち電池に使われる炭酸リチウムとしては約75%で、年間7万~8万トンである。 主な産出国別にみると、チリ北部に位置するアタカマ塩原(Salar de Atakama)にある塩の鉱床は炭酸リチウム、その生産量は年間4万~5万トンである。未開発ではあるが埋蔵量ベースで世界の50%近くを保有するボリビアの資源は南端のウユニ塩原(Salar de Uyuni)にある。アタカマとウユニいずれも太古の時代には内海であった塩田(salt pan )で、現在標高3000メートル以上の高地の極めて厳しい自然条件の下にある。 ボリビアのリチウム資源開発はこれまで何度か試みられたが実現していない。それは、最近の政治情勢すなわちモラレス大統領が2006年5月に石油・天然ガスの国有化を宣言して、資源ナショナリズムと反米をむき出しにしてきているなど、西側鉱山会社にとって開発意欲が全くわかない事情があることによる。 いずれにしても、ボリビアの現政権ではウユニの資源開発は許可されないだろうと見られている。やはりリチウム資源保有国のアルゼンチンにおいても、国際的鉱山会社は地域住民との間の軋轢が増してきているため、ボリビアと同じような政治・社会情勢になり、鉱山会社の資産が国有化されるのではないかと恐れを抱いている。 一方、中国では、チベットと隣接の青海において5000トン能力で生産が間もなく始まる。そしてチベットの塩湖においても青蔵鉄道完成とともに小規模の生産が始まった。しかし、中国も当然ながらリチウム資源を戦略物資として温存し、輸出禁止にしてくるはずだ。中国には燃料電池に必要な白金がないから、首脳部も次世代自動車はEVでいくとはっきり言っている。 それでは、リチウム・イオン電池による電気自動車を世界の主流とした場合に、炭酸リチウムの需給はどうなるのか。電池の容量kWh(キロワット時)当たり1.4~1.5キログラム必要であるから、世界の自動車生産量年間6000万台をPHEVにしてプリウス並みの5kWhの小さな電池を搭載したとしても、炭酸リチウムの年間需要量は現在の生産量の約6倍、45万トンになる。 しかし電池容量は現実的には8kWhは必要と思われるので約10倍の72万トンとなる。このような需要量を賄うことは、現在のような極めて小規模な生産しかできない鉱床からは考えられない。その上、10億台にも達する勢いの世界の自動車保有台数を考えるとすべて5KWHとしても100倍にする必要がある。 炭酸リチウムの価格は、2004年までは1キログラム当たり1ドルだったが、2005、2006年で5ドルを超えた。そして、ある日本の電池メーカーの買値は10ドル以上と言われている。結論としては、今世界がリチウムイオン電池に魅せられている。 しかし、世界の自動車産業が一斉にリチウム依存に向かうと、現在われわれがオイル依存で直面しているより厳しい資源制約を受けるということである。それは、資源の極端な偏在性、強まる資源ナショナリズム、資源の採掘条件、必要な生産能力、価格高騰、そして埋蔵量などの資源事情によるものである。 要するに、ポータブルの電子機器だけならサステナブルだが電気自動車に使うとなるとサステナブルではないということである。たとえリチウムは、石油と違ってリサイクル可能としても、ピークオイルならぬピークリチウムの時期もいずれやってくるというわけである。
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