2008年6月20日 金曜日 宮田 秀明
21世紀の早い段階で、製造業単体や製品単体による技術革新には限界が見えてくるだろう。IT(情報技術)産業は、技術革新において先駆者である。20世紀には半導体やネットワークやPCなどの単体技術、要素技術によって、世の中が大きな進化を成し遂げることができた。しかし、21世紀は違った形でイノベーションが起きるだろう。グーグルがいい例である。たくさんの要素技術をインフラとし、新しいビジネスモデルを考えた結果として、グーグルの新しいビジネスモデルが生まれた。グーグルのビジネスモデルは、社会システムを作るビジネスモデルと言ってもいい。社会を変えるビジネスモデルだからこそ急速に広まった。今では、どのようなビジネスモデルでも半導体、ネットワーク、PCをインフラとして十二分に利用できる。これらの要素技術を活用して、どのような社会システムを創り出すかというテーマに対して、欧米の先進企業が先陣を争っている。日本の多くのIT企業は、米国のビジネスモデルを真似するビジネスが中心だ。もっと日本オリジナルなビジネスモデルを創造することが求められている自動車や環境・エネルギーの分野でも、IT以上に、技術単体の発想から新しい社会システム作りへの発想に切り替えていくことが必要だろう。
●ハイブリッド車は過渡的な解決策の産物
環境にやさしい工業製品の代表例はハイブリッド車である。ハイブリッド車は、トヨタ自動車の主力商品の一角を占めている。だからトヨタの経営者に環境問題に対する解決策を聞けば、間違いなく、ハイブリッド車による社会貢献を語るだろう。当時の張社長の命の下、たった3年間でハイブリッド車という複雑な商品を販売にこぎ着け、さらにマーケティングにも成功したトヨタの力には敬服するばかりだ。しかし、よく考えてみれば、こんなに複雑なシステムが長続きするとは思えない。内燃機関と電気推進のシステムを併せ持つうえ、この2つをコントロールする難しい制御系を持たなければならない。おまけにニッケル水素電池を使う場合は劣化が速いので、大きな費用のかかる電池交換が必要である。車単体で環境エネルギー問題を解決しようとすれば、このような複雑な製品が答えになってしまう。大トヨタといえども自動車会社は、車単体の技術開発を行う企業だから、このような答えを提供するよりほかの道は与えられていなかったとも言える。しかし、一方では、自動車会社の経営者の相当部分はハイブリッド車を過渡的な解決策と位置づけているに違いない。産業構造を変え、環境エネルギー問題を解決するためには、「新しい社会システム作り」の発想が欠かせない。ハイブリッド車、太陽電池、風力発電のような単体技術の追求も大切だが、それら単独の成果を足し合わせただけでは成果は小さいままだ。環境・エネルギー問題に大きく貢献する可能性があるのは、例えばリチウムイオン電池を使った社会システム設計である。これまで電気エネルギーを大規模に蓄えることは不可能だった。それが2次電池によって電気は蓄えられるものに変わるわけである。電力の需要変動は大きい。主な変動は3つある。年間の季節変動、土日に電力使用量が減る週次変動、そして午前4時に日中の半分の使用量になる昼夜変動である。このうち一番大きい昼夜変動を無くすことができれば、すべての電力会社は過剰設備を抱えた産業になってしまうだろう。ピークである真夏の一番暑い日の午後2時半のために発電設備を用意しているからだ。現在でも年率1.2%ぐらいで電力需要は増えているので、これに答えるため、電力会社は発電設備の増強を継続しているのが現状である。結果として、現在の電力会社は環境問題に逆行しながら、日本のCO2(二酸化炭素)の10%程度を排出し続けている。大きな解決策の1つは電力を備蓄できるようにすることである。その切り札がリチウムイオン電池である。
●リチウムイオン電池が切り拓く新社会システムの姿
リチウムイオン電池のエネルギー集積度は、化石燃料の50分の1程度なので、電気自動車(EV)単体の性能は内燃機関を使う自動車に相当見劣りするものだ。製品単体としての競争力は高くない。しかし、社会システム的に考えると、発電所の発電効率が50%に達し、乗用車の熱効率は15%程度だから、EVが普及すれば、化石燃料を使って発電した電気を使うとしても、交通輸送部門の化石燃料の使用量とCO2排出量は約3分の1になることになる。もしEVが原子力発電による電気を使えばCO2排出量はゼロになる。EVは社会システムの要素として考えれば、大変優れたものと言うことができる。 もし大型オフィスビルやマンション、ショッピングセンターにリチウムイオン電池が設置されたなら、安価な夜間電力を使って蓄電し、電力会社との契約電力量と電気使用料の両方を下げることが可能になる。ピーク時の使用量の一部を電池からの供給にするだけでも、大きな効果が得られるだろう。このような取り組みが広まれば、昼夜電力の平滑化が進み、電力会社の設備投資を減らすことになる。
●ほかにもリチウムイオン電池を使った、たくさんのシステムが考えられる。
鉄道車両では回生制動というブレーキが使われている。電車を減速させるブレーキを発電機にして、制動エネルギーを電気にして架線に戻す仕組みだ。ところが、戻した電気を他の電車が使ってくれなければ、ただ放電してしまわなければならない。現在、架線に戻された電気を有効に使えるのは電車間の距離が短い山手線ぐらいらしい。もしリチウムイオン電池によって蓄電できれば、電車のエネルギー効率も上がるだろう。太陽光や風力などの自然エネルギーの利用は、2次電池と併用することによって、効率が何倍にも高まるだろう。需要の無い夜間に風車が回って発電した電気も有効利用できる。
●日本の環境・エネルギー・資源問題を解決する糸口に
リチウムイオン電池の安全性とコストの問題は急速に解決に向かっている。ビジネスモデル次第で、すぐにも社会に広まりそうである。車も電車もオフィスも家庭もリチウム電池を用いて、昼夜の電力需要差を無くし、熱効率の悪い内燃機関を世の中から減らすことができれば、日本の環境・エネルギー・資源問題のかなりの部分が解決するだろう。排出権取引が環境問題を本質的に解決するとは思えない。本当に化石燃料の使用量を減らす技術と、それを生かすビジネスモデルを開発して普及させなければならない。自動車各社は2次電池とEVの開発を加速している。日産自動車はイスラエルやデンマークへの電気自動車の供給を検討している。海外で急速な展開があるかもしれない。このような技術による社会システム改革のビジネスモデルは世界を先駆けて行いたいものだ。東京大学のシステム創成学専攻では、リチウムイオン電池の第一人者など8人の教員を中心にして、「二次電池による社会システム・イノベーション」という研究プロジェクトを開始することにした。産業界から、自動車、エレクトロニクス、電力、不動産、住宅、保険などの多様な業種の方に集まっていただいて、業界横断的な新しいビジネスモデルを創造して、イノベーションに挑戦するためのプラットホームを作ることになった。キックオフのミーティングは6月25日(水)である。
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