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2008年9月1日(月)公開エネルギー節約を目的としない電源開発促進税 エネルギー税は、環境税の次善的性格をもつといわれる。しかし、環境税とは機能的にかなり異なるエネルギー税もある。例えば、電源開発促進税だ。環境問題や省エネルギーに関心のある人は、エネルギー税というとエネルギー消費に対して課税することでエネルギーの節約を促す税だと考える向きが多いだろうが、電源開発促進税はそうした節約を促すエネルギー税とは似て非なるものである。
電源開発促進税の課税標準は、一般電気事業者の販売電気量なので、原理的には省電気を促す効果が想定できないわけではない。ただ、電源開発促進税の税率が、販売電気1000kW時につき375円と低率であることに加えて、そもそも電源開発促進税の課税は、省電気を促すことを目的にしているわけではない。
電源開発促進税は1974年6月6日に制定された電源開発促進税法に基づいている。同法第1章第1条(課税目的及び課税物件)には、課税の目的が以下のように明確に述べられている。
「原子力発電施設、水力発電施設、地熱発電施設等の設置の促進及び運転の円滑化を図る等のための財政上の措置並びにこれらの発電施設の利用の促進及び安全の確保並びにこれらの発電施設による電気の供給の円滑化を図る等のための措置に要する費用に充てるため、一般電気事業者の販売電気には、この法律により、電源開発促進税を課する」
この条文には、どこにも「エネルギーの節約」や「省電気」という文言は出てこない。条文から明らかなように、電源開発促進税の課税目的は、発電施設の設置の促進、運転の円滑化、電気供給の円滑化などに要する費用に充てる財源の調達にある。一言でいえば、税の名前そのもの、すなわち電源開発を促進するために必要な財源を調達する税である。
「補償」の制度化? 電源開発促進税は、いわゆる電源三法の一翼を担う税である。この電源三法は、1974年第72国会で制定され、同年10月から施行された。資源エネルギー庁の説明によれば、電源三法とは「電源開発促進税法」「電源開発促進対策特別会計法」「発電用施設周辺地域整備法」を総称するものであり、三つの法律の名前をつなぎあわせれば類推できる通り、電源開発促進税による税収を電源開発促進対策特別会計に入れて管理し、発電用設備周辺地域整備に使うという枠組みである。すなわち、これら三つの法律を軸に、(1)電源地域の振興、(2)電源立地に対する国民的理解及び協力の増進、(3)安全性確保及び環境保全にかかる地元理解の増進など、電源立地の円滑化を図るための施策が行われている。
電源三法が1974年に制定されていることからも明らかなように、石油ショックによってエネルギー危機が顕在化するなかで、危機に緊急に対処するために制定されたのである。当時の田中角栄内閣が、石油代替エネルギー源開発を国家的課題と位置づけ、電源立地促進システムとして構築した制度である。法制定以後、何度か制度が改変されているが、基本的骨格は変わっていない。電源開発のためのこうした制度は、国際的にもユニークな制度だと思うが、台湾や韓国では日本の制度を参考に類似のシステムを制度化している。
電源開発促進税によって調達した財源で、発電用施設周辺の地域を整備するという電源三法の方式は、電源開発に伴う発電用施設周辺地域の不安や不満を、後述するような一種の「補償」を制度化することで解決することが期待されていた。発電所の立地は、それ自体としては雇用などの地域経済効果が乏しく、地域発展の契機が求められたのである。もう一つは、発電所立地に伴う事故や汚染に対する不安があるにもかかわらず、生産された電力は現地では使われず都市部へ移出されることである。例えば、原子力発電所は電気の大消費地たる東京や大阪には立地しておらず、福島、新潟、福井など遠方から移送されている。
それでは、電源開発促進税をはじめとする電源三法の方式は、当初の狙い通りの成果をあげたのだろうか。
電源三法は持続可能な制度か? 電源開発促進税は、電力販売量を課税標準にして電気事業者に課され、電気利用者がそれを支払うことで電源の開発を促進するのであるから、受益者が負担する税だと言える。この受益者負担的性格の強い電源開発促進税が、国税で、しかも目的税として課されている。電源開発促進税の税収は使途が限定され、電源開発促進対策特別会計の電源立地勘定(発電用施設立地の円滑化のための歳出)と電源多様化勘定(1980年創設、石油代替エネルギーである原子力、新エネルギーなどの施策を推進するための歳出)を通じて支出されている。
電源開発促進税の使途をはじめ、電源三法の方式の効果や、この方式によって新たに生み出された問題点については、すでに多くの論者によって詳細な研究がなされている。既存研究の結果を要約して言えば、この制度は政府が期待したほどの成果を上げ得なかっただけでなく、近年、特に制度自体の構造的矛盾や限界、そして問題点があらわになってきているということである。
この制度が、「誰に」「どのような」インセンティブを生み出しているかに注目してみよう。このことは電源三法制定直後から指摘されていたことであるが、電源立地促進対策交付金(発電用施設周辺地域整備のために、電源開発促進税の税収から国が当該地域に対して支出する交付金)は、不要不急、あるいは必要以上の施設をつくる傾向を助長し、地元自治体の財政規模を過大にしがちであった。これは当初、交付金の使途が公共施設、しかもその建設費のみに限定されていたことも大きな原因である。不足していた公共施設を建設していた制度開始初期はまだよかったが、いわゆる“ハコモノ”を無限につくっていくわけにもいかない。まさに、持続不可能な制度であった。しかも、電源開発促進に使用されるということはエネルギー需要の増大に対応するためであり、エネルギー節約につながるものではない。また、電源立地勘定全体、及び交付金の執行状況がきわめて悪い。予算額が使われておらず、多額の余剰金が発生している。
ところが、電源開発促進税は目的税であるため、使途が決められており、発電所の立地が進んで、初めて必要になるものである(言い換えると、支出可能になる)。近年の電力需要の伸び悩みや原子力発電所立地に対する反対運動などから、発電用施設の建設そのものが進まなくなると、当然税の使用額は減っていかざるを得ない。にもかかわらず、電源開発促進税からの収入は毎年確実に入ってくるので、電源立地勘定全体の剰余金は増加する一方ということになる。
電源開発促進税の抜本的改革を このような電源開発促進税は、そもそも電源開発のために税を取るというのではなく、持続可能な発展のための税に組み替える必要があるのかもしれない。制度の廃止も含めて抜本的な改革が課題になっている。
それでは、電源開発促進税を地球温暖化防止や持続可能な発展のためという目的に沿ったものに改革するとすれば、どのようなオプションがあるか考えてみよう。もちろん改革する場合には、税の名称も変更する必要があるかもしれない。改革の方向を考える際には、課税の局面(対象や税率など)も重要である、しかし、ここでは税収の使途について考えてみたい。
財政の原則に立ち戻るならば、そもそも目的税は財政の硬直化を招きやすいので、望ましい税とは言えない。おそらく目的税は、その課題から特に推進する必要があると考えられた場合に導入されるものであろう。しかし、しばしば問題になるのは、税導入時点では明らかに必要だったとしても、状況が変化して不要になった場合に廃止されず、一種の既得権益として維持される場合である。
電源開発促進税の場合にも、そうした面があり、そうした評価に基づくならば、電源開発促進税は廃止ということになろう。しかし、課税の目的はすべて達成されたわけではなく、依然として必要であるということならば、現状の必要額に近い税収が入る程度にまで税率を下げることも考えられる。さらに、「減税」の経済効果は小さく、むしろ電気への課税から得られた税収の使途はもっと広くてもよいと考えるならば、減税するのではなく、逆に、税収の使途を拡張するというのも一案である。
いくつかの選択肢で、わかりやすいのは一般財源化することであろう。また、もともとの課税目的を基礎に置きつつ、地球温暖化防止を新たな目的に加えて使途を拡張していくオプションも考えられる。その場合も、制度的には一般財源化しつつ、使途に配慮するということもありうるだろう。いずれにしろ国民的合意が不可欠なテーマであり、地球温暖化防止に向けて本格的な議論が望まれる。
>>2008年9月16日(火)公開の第3回に続く
植田 和弘 氏 (うえた かずひろ)
京都大学大学院経済学研究科教授
1952年、香川県生まれ。1997年、京都大学大学院経済学研究科教授。2002年、京都大学地球環境大学院教授を兼任。専攻は、環境経済学・財政学。学会賞の受賞歴に、1992年、国際公共経済学会賞受賞。1993年、公益事業学会奨励賞受賞。1997年、廃棄物学会著作賞受賞。2006年、環境科学会学術賞受賞。著書に、『環境と経済を考える』(岩波書店)、『環境経済学への招待』(丸善ライブラリー)ほか多数。
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