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取材・文・写真/北原まどか
2008年9月11日(木)公開神奈川県による大胆なEV施策 もし、市価300万円で売られている電気自動車(EV)を、半額の150万円ほどで購入できるとしたら?これは、神奈川県が打ち出している「かながわ電気自動車普及推進方策」の目玉「EVイニシアティブかながわ」で取り上げたEV導入優遇策の一例。軽乗用車ベースのEVの想定価格が約300万円であるのに対し、国からの補助は約100万円と見込まれている。そこへ、さらに県が50万円程度の補助を行うというわけだ。そのほか、自動車取得税や自動車税も90%を減額し、購入時に約3万円の負担を軽減できる。ガソリンに代わって電気で走るEVは燃料代も安いことから、一般に100万円程度の軽自動車の価格と比べたEV購入時の費用増加分は、約5年で回収できる計算となる。県は、このほかにも、県内のインターチェンジを起終点にしてETC(自動料金収受システム)を使用する場合に限り、高速道路料金の50%のキャッシュバックが受けられることや、県直営あるいは所管の有料駐車場の一部で50%程度の料金割引を受けることができるなど、EV利用者に手厚い優遇策を用意する考え。これらの優遇策は、2009年度から実施予定だ。神奈川県は今年3月、「2014年度までに、県内で3000台のEVの普及をめざす」との目標を掲げ、「かながわ電気自動車普及推進方策」を打ち出した。EVは走行時の二酸化炭素(CO2)排出量がゼロ。発電する際の排出量を考慮しても、ガソリン車の4分の1、ハイブリッド車の2分の1以下となる。2006年における日本の部門別温室効果ガス(GHG)排出量をみると、運輸部門は19.9%。「地球温暖化防止や石油依存度の低減に取り組むうえで、“究極のエコカー”であるEVの普及は切り札の一つ」と、神奈川県環境農政部の杉江嘉美電気自動車担当課長は話す。実は、この「EV普及推進方策」は、松沢成文・神奈川県知事の肝いりの政策だ。県では、今年度中に「地球温暖化対策推進条例」の制定をめざしているが、それとは別に、今年1月、条例の制定を待つことなく、低炭素社会に向けた取り組みを積極的に発信するための「クールネッサンス宣言」を知事自らが発表した。宣言では、「太陽光発電普及拡大プロジェクト」や「神奈川県独自の炭素税等プロジェクト」など、11のリーディング・プロジェクトを掲げた。そのなかでも、EV普及推進方策は、「県の取り組みを全国に発信することにより、CO2の大幅削減など自動車社会の大変革を促す」(松沢知事)と、率先して日本の交通のあり方を変革する意気込みを示すメニューとなっている。神奈川県環境農政部の伊藤靖志地球温暖化対策課長は、「京都議定書の目標達成が困難と見られるなか、今までと同じような取り組みではCO2を削減に持っていくことは難しい。条例制定の前でも、やれることに率先して取り組み、企業や県民に積極的にアピールしていきたい」と話す。EVの有用性をアンケートで立証 EVは、CO2排出量の少なさで非常に優れているものの、ガソリン車と比べると航続距離が圧倒的に短いことがネックとされてきた。現状では、三菱自動車の「iMiEV(アイ ミーブ)」が約160km、富士重工業の「スバルR1e」が約80kmにとどまっている。それでは、実際に神奈川県の事業者や個人が日常的に使っている軽乗用車の日々の利用状況はどうなのだろうか。神奈川県は2007年に、県内約1000社の事業者と約3600人の個人に対して、軽乗用車の利用用途や1日あたりの走行距離、EV購入の意向や要望などについてアンケートを行った。その結果、事業者は軽乗用車を主に営業用途で使っており、1日あたりの走行距離は20km以下が61%、40km以下が88%だった。さらに個人の場合は、買い物や駅への送迎、通勤などが主な用途で、1日あたりの走行距離は20km以下が71%、40km以下が93%となった。つまり、現在、軽乗用車を使用している層のほとんどは、現在のEVの航続距離でも不自由しないと言うことができる。また、100万円程度の軽乗用車を購入すると仮定した場合に、同程度の性能のEVを購入するなら、いくらまでなら許容するかというアンケートに対して、軽乗用車を保有している事業者の約7割(107社中74社)、個人の約3割(243人中71人)が、「通常の軽乗用車より高くてもEVを購入する」と回答している。5年以上継続して利用すれば燃料費分で元を取れるうえ、環境性能のよさや走行時のスムーズさなどのメリットを享受できるためだ。
■事業者はEVに好意的
年間1万kmを走行すると仮定すると、5年間の燃料費がトータルで約60万円安くなる。事業者の約7割、個人でも約3割が、通常の軽乗用車より価格が高くてもEVを購入すると回答している(出所:神奈川県)
現在、神奈川県では、自動車メーカーや東京電力と連携し、現在開発中のEVの実証実験に取り組んでいる。昨年の9月から、スバルR1eを2台借り受け、県の公用車として使用している。藤沢市や綾瀬市、茅ケ崎市など県内の市町村にも順に貸し出しており、公務での使用に問題がないか確認を進めているところだ。実際に使用した職員からは、「走行距離には問題がない」「静かで使いやすい」「加速がスムーズ」などの声が聞かれ、いわゆる「街乗り」としての使用には問題がないと、県では判断している。また、この2台とは別に、今年7月からは神奈川県警が駐車違反対策業務などに使用するミニパトカーにiMiEVを採用、来年3月末までにサイレンや赤色回転灯、無線機器などを付けたうえで電気の消費量がどれくらいになるか、実証実験を行っている。県では、2014年度までに100台の公用車を順次EVに転換する方針で、率先導入を図る考え。また、市町村や民間の大口ユーザー、事業所などにEVの導入を働きかけ、初期ユーザーの掘り起こしに協力するという。インフラ整備に不可欠な民間参加 一方、神奈川県が実施したEVに対するアンケートでは、前ページで紹介した結果のほかにも「燃費(電費)がよい」「CO2排出量が少ない」「騒音が少ない」など、EVが環境性能に優れているという回答が多く寄せられた。半面、「具体的な走行性能」や「急速充電ができること」、「家庭用の100V電源で充電できること」などについては、あまり知られていないことが浮き彫りになった。EV普及には、こうしたインフラ整備や関連する情報の提供も欠かせない。EVの充電インフラは、大きく分けると、一般に普及している100V・200Vコンセントと、短時間で充電可能な急速充電器の2種類がある。スバルR1eの場合、100Vコンセントで約8時間、200Vコンセントなら約5時間でフル充電できる。電気代はガソリン代の約7分の1から3分の1と試算されており、割安な深夜電力を利用すれば経済的メリットは大きい。ガソリン価格が高騰するなか、割安感は高まるばかりだ。一方、EV利用で心配な点は、走行中にバッテリーが切れてしまうこと。そこで神奈川県や東電、三菱自動車、富士重工は、2010年度までに、県内30カ所に急速充電器を設置することを決めた。神奈川県内を10km四方、30エリアに分け、1エリアに1基を基本に急速充電器を整備するほか、民間施設で利用できる100V・200Vコンセントの利用提供については「EV充電ネットワーク」の共通マークをつくり、商業施設や民間駐車場に提供を呼びかけている。その一環として、今年度中に、神奈川県庁舎や平塚合同庁舎、小田原合同庁舎などに急速充電器を設置する予定だ。また2011年度までに、公営駐車場や商業施設にEV充電用の100V・200Vコンセントを70基新設し、最終的には、2014年度までに1000基の新規設置や提供協力を呼びかける方針だ。
■EV普及に充電ネットワーク構築は不可欠
県全域を10km四方のメッシュで区切り、そのエリア内にある県の施設や東京電力の営業所、カーディーラーなどに急速充電器を設置する。また、民間の駐車場や商業施設などの協力を得て、100V・200Vコンセントで充電できるようにする計画という(出所:神奈川県)
神奈川県庁舎に設置された急速充電器
環境農政部の杉江課長は、「EV自体の性能向上やコスト削減などに関しては、開発する自動車メーカー、電池メーカーに負うところが大きいが、初期需要の創出や充電インフラの整備、県民への啓蒙などの課題については、民間だけでなく、公的機関を含めたさまざまな主体が連携して取り組まなければEVの本格的な普及は難しい」と話す。特に、充電インフラや駐車料金優遇策の整備を進めるためには、民間駐車場やショッピングセンター、ホテルなどの宿泊設備、あるいはコンビニエンスストアやファミリーレストラン、ガソリンスタンドなど、多様な民間施設の協力が必要不可欠だ。また急速充電器の設置に限らず、100V・200Vコンセントからの充電に関しては格安(あるいは無料)での提供を積極的に呼びかけていく。県では、いずれは、EV充電ネットワークの共通マークをつくり、EV利用者にとって便利な充電インフラのマップを作成していくという。EV開発の中心狙い足場固め もともと神奈川県には、自動車の生産工場や開発拠点、自動車工学などの研究開発を得意とする大学や研究所が集積している。このため、EVやリチウムイオン電池の開発や普及促進において優位性があった。2006年11月には、知事をはじめ、県職員や東電、日産自動車、富士重工、三菱自動車の役員・事業所長クラスや、慶応義塾大学、神奈川工科大学、横浜国立大学の教授などの産学官が共同で「かながわ電気自動車普及推進協議会」を設立。充電インフラの整備やEVの導入可能性の調査などについて意見交換を行ってきた。また、同年12月には、やはり産学官による「電気自動車用リチウムイオン電池研究会」を設置して共同研究を開始、定期的にフォーラムなども開催している。すでに富士重工や三菱自動車は、軽自動車ベースのEVを2009年に市場投入する方針を明らかにしている。また、来年、横浜市に本社を移転する日産でも、2010年までにEVの実証実験を実施し、2010年代の早い時期に市販することを表明している。また、EVに欠かせないリチウムイオン電池については、小田原市に事業所を構えるジーエス・ユアサのほか、大和ハウス工業などが資本参加する川崎市に工場建設を予定している、エリーパワー(本社・東京都千代田区)などが2009年度の量産化をめざして、さらなる研究開発を進めている。こうした企業の開発を後押しするのが、2009年度までの期間限定で行っている「インベスト神奈川(神奈川県産業集積促進方策)」だ。工場や本社へ設備投資額の10%もしくは10億円を上限(研究所の場合は15%もしくは20億円を上限)に助成金を出し、新規雇用の助成や不動産取得税の軽減などを行う。今年1月のクールネッサンス宣言のなかでは、新エネルギー・EV関連産業の集積プロジェクトをリーディング・プロジェクトに選び、積極的に誘致を進めていく方針を明らかにしたばかりだ。一方、「インベスト神奈川」と対をなすのが「神奈川R&Dネットワーク構想」である。世界でもトップレベルの研究・開発機関の集積を生かし、これをさらに発展させるために、県内企業や研究機関、大学などの多様な組織が、技術の高度化や新たな産業の創出に向けて、共同研究や技術交換を行うというものだ。このため、県内の産学官が連携した研究・開発の拠点である財団法人神奈川科学技術アカデミー(川崎市)や、神奈川県産業技術センター(海老名市)などが中心的な役割を果たす。すでに、日産とベンチャーのKMラボ(本社・神奈川県藤沢市)がリチウム電池用のセルを試作し、横国大がセルの機能評価方法を研究、また、神奈川科学技術アカデミーでは横国大が中心となって、「次世代パワーエレクトロニクスプロジェクト」に取り組んでおり、未来型EVとパワーデバイスの実装技術や信頼性評価技術の開発を行っている。こうした方針に関して、神奈川県商工労働部産業活性課企業誘致室の屋宮正吾企業立地ディレクターは、「今後、世界でエネルギーが逼迫する時代を見据え、家庭用機器や自動車など多用途に展開できるリチウムイオン電池やパワーエレクトロニクス、EVなどの研究開発拠点や工場を誘致したい。神奈川R&Dネットワーク構想の集積機能をフル活用し、今までにない新しい技術やエネルギーを提案することで、県内の産業がますます活性化するはずだ」と、展望を語る。神奈川県では今後、EV関連の産業集積や共同研究・開発を積極的に推進していくほか、EVなどの新しい技術をいち早く市場に導入する、低炭素型の交通インフラを構築するなど、実証型の社会実験を次々と行っていくことになるだろう。新たな自動車社会のあり方を提案するモデル地域として、今後、世界中から注目を集めるに違いない。
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