貨物の輸送機関別排出量の変化と営自率(提供:圓川隆夫教授)
http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/interview/080916_enkawa/
●物流分野における二酸化炭素(CO2)排出量削減の取り組みの目玉の一つとして、国土交通省が推進しているのが「モーダルシフト」である。これは輸送手段・方法(モード)を環境負荷の低いものにシフトする(置き換える)というもの。具体的にはトラック輸送から、鉄道輸送や海上輸送(海運)への転換が中心となっている。
●しかし一方で、企業の競争力強化のためのSCM(サプライチェーン・マネジメント)という観点から見ると、トラック輸送の持つ機動性というメリットを捨てて、大量輸送に軸足を置くモーダルシフトは逆行しているようにも思える。
●モーダルシフトは環境にやさしい物流を実現する切り札となるのか。また、その促進にはどのような課題があるのか。環境という視点で見たとき、物流はどう変わりつつあるのか──東京工業大学大学院 社会理工学研究科の圓川隆夫教授に話をうかがった。
/物流の効率化を進めることで環境負荷は軽くなる
――最初に、先生のご専門について、概要を教えてください。
圓川隆夫教授(以下、敬称略): 私の専門分野は、QC(Quality Control:品質管理)をはじめとする生産管理全般です。生産管理の課題は、品質の良いものを効率的に作り、市場にタイムリーに届けること。それには自在にモノを動かす仕組みが必要ですから、物流も当然、私の研究対象に含まれます。必要なモノを必要な分だけ必要なときに間に合うようきちんと届けられれば、在庫はなくても大丈夫ですが、それは理想です。したがって現実的には在庫を持つ必要が出てくるのですが、企業は機会損失を恐れる結果、どうしても在庫過多気味になります。そこで注目されたのがSCM(Supply Chain Management:サプライチェーン・マネジメント)――つまり材料調達から消費者へ届けるまで、一連の生産活動をマネジメントすることで全体最適を目指そうという考え方です。SCMの目的は在庫を最小限に、売り上げ、すなわちキャッシュフローを最大化することにあります。無駄な在庫を減らせば、無駄な在庫の移動も減らせますから、SCMを突き詰めると、環境にも優しくなるはずです。物流においても同様で、効率化を進めていくことで、環境負荷も減っていくと考えます。
――効率化が環境負荷低減につながっている具体的な例としては、どのようなものがあるでしょうか。
圓川: 顕著な例としては、トラックの「営自率」(自動車総貨物輸送トンキロ数に占める営業用車両による貨物輸送トンキロ数の割合)の変化が挙げられます。1990年度には70.8%だったのが、2005年度には86.1%と増えています。その背景には、「積み合わせ」による物流効率化があります。自家用トラックに必要なだけ荷物を積むよりも、運送業者のトラックに他の荷物と一緒に積んだ方が積載効率は上がりますし、帰りのトラックも空で戻すよりは別の荷物を積んで戻ってきた方が、荷主もトラック業者も効率よく荷物を運べるというメリットがあります。環境という側面からみると、二酸化炭素(CO2)排出原単位は、自家用貨物車がトンキロあたり1040グラムに対して、営業用貨物車は158グラムと7分の1程度になります。実際にこの15年間で、貨物輸送機関によるCO2排出量は4.8%減少しています。もちろん車の燃費の向上といった要因もありますが、こうした努力によって貨物運輸部門のCO2排出量は減っているのです。ドライブレコーダーの導入による影響も見逃せません。安全対策ということが強調されていますが、安全運転のドライバーは速度を無駄に出しすぎない、急ブレーキや急ハンドルをしない。つまり、環境に優しい運転を促進するという意味で、環境対策のひとつになっていると思います。
/モーダルシフトの拠点で発生している環境問題
――今、国土交通省が推進している「モーダルシフト」ですが、これは物流の環境対策の切り札になるのでしょうか。
圓川: モーダルシフトは、環境負荷の高い輸送手段を低い輸送手段にシフトして環境負荷を下げていこうという考え方で、具体的にはトラックから列車や船などに置き換えていくものです。トンキロベースのCO2排出量は輸送手段によって決まっており、トラックが大きく、船が小さい。おっしゃるとおり、モーダルシフトを推進することで、確かにCO2排出量を減らすことはできます。しかし、輸送手段をシフトしていくにあたって、いくつか解決しなくてはいけない問題があります。
――例えばどのような問題でしょうか。
圓川: ひとつは、インタフェースの問題です。トラックを船に置き換えるといっても山の中には船では運べないので、トラックも併用することになります。港湾や駅からきちんと幹線道路が整備されていなくては、モーダルシフトは進められません。また、どうしても積み替え作業が必要ですから、そのとき、荷物を載せるパレットが標準化されていなくては、余計な作業が発生してしまいます。もちろん鉄道とトラック、鉄道と船にも同じ問題があります。つまり、モード間の標準化が必要です。
――パレットの標準化ができればスムーズにシフトできるのでしょうか?
圓川: なかなかそう簡単ではないですよ。話が国際物流に少し飛びますが、例えば、海外から船で届いた貨物は、港で通関手続きをして、保税倉庫からトラックに積み出されて各地に運ばれます。しかし、日本ではこのトラックが慢性的にトラックヤードで渋滞している状況です。渋滞しているということはCO2を無駄に排出しているということで、環境に良くないですよね。
――いったいなぜそんなことになってしまうのでしょう? 通関手続きに時間がかかるからなんですか。
圓川: そう思っている人が多いんです。実は、日本の港湾の国際競争力はどんどん落ちていて、現在、日本で一番貨物取扱量の多い東京でも世界ランキングは20位以下。米国から日本に届く荷物も、一度コストの安い香港やシンガポールを経由してトランシップ(小さな船に積み替えること)がされています。その理由は「海外の通関手続きは電子化されているのだ」とよくいわれますが、日本の関税手続きだって、もう10年以上前から電子化されているんですよ。ただ、その情報が、荷主や運送会社と共有化されていない。だから、依然として紙の情報が飛び交うし、当然コストも高くなる。荷物を取りに来るトラックは、「そろそろ来るかな」という見込みで港に出向き、実際に荷物が出てくるのを待たなければならない。皆がそうするから、渋滞してしまいます。
/すべてのプレーヤーが参加しなくては新しい仕組みは普及しない
――それは無駄なことですね。何とかしようという試みはなかったんでしょうか?
圓川: なかったわけではありませんが、こういう施策は足並みが揃わないと上手くいかないんです。というのも、システムの導入にはコストがかかります。自分の会社で導入して荷物の積み出し時刻が分かっても、よその会社が導入しなければ相変わらずトラックヤードが渋滞しますから、今までと同じように早く行かなければなりません。結局は「投資しても効果が出ないのでは、やる意味がない」となってしまいます。逆に、成功した例がJR東日本の「Suica」、そして株式会社パスモが行っている「PASMO」です。JRだけではなく、私鉄もバスも、公共交通機関がこぞって相互運用で参加している。どこでも利用できるようになることで、ユーザーにとっても利便性が高まります。小銭を用意しなくてもよいから、バスも利用しやすくなる。バスロケーションシステム(次のバスがどこまで来ているかを表示するシステム)などと連動することで、「旅客のモーダルシフト」促進が期待されます。関係者が全部参加することが重要なんですね。そこで、先ほどの状況を打破するためには、港湾のEDI(Electronic Dada Interchange)について、既にほぼ100%を達成している「NACCS」(通関情報処理システム)と呼ばれる輸出入申告の電子化の運営主体を独立行政法人から株式会社化して、他省庁の手続き、そして関連した民民間で必要な情報交換もすべてワンストップで利用できるようなプラットフォーム化することが欠かせません。このプラットフォーム上で、国や省庁だけでなく、船主、荷主、倉庫業者、運輸業者、開貨業者などの関係者すべてが相互にデータをやり取りして“ワンストップ・サービス”が実現されると、情報共有が進み、効率化、すなわち港湾の国際競争力につながる低コスト化、そして環境負荷低減にもつながるでしょう。また、ETC(Electronic Toll Collection System:自動料金収受システム)の通過時刻情報を使った渋滞情報などとあわせて、トラックのカーナビに提供するなどの新たなサービスも可能になります。結果として、モーダルシフトの促進にもつながると思います。
/IT技術を駆使したシステム統合を役立てるには社会技術による合意形成が必要
――他にも、モーダルシフトの促進を考えるときに問題となることはありますか?
圓川: モーダルシフトを実施するうえでの問題は“時間”と“頻度”です。船や鉄道は、大量に運べるけれども、時間はかかるし頻度も低くなります。1カ月に1回運べばいいものならそれでも許されるでしょうが、SCMの現場では時間指定による納品が当たり前のように求められており、対応が難しくなります。
――ということは、モーダルシフトはSCMとは相容れない?!
圓川: いえ、そうではなくて、大量にまとめて運んでもいいものと、少しずつ時間を指定して運ぶ必要があるものをきっちり分けて考える必要があるということです。いわゆる「適材適所」の考え方です。可能なところではモーダルシフトを採用することが効率化につながるし、結果として環境負荷の低減にもつながります。もっとも現実には、1日6回配荷しているものを3回に減らせといっても、企業の競争力低下につながる可能性がありますから、そう簡単に受け入れられるはずがありません。使い分けをしやすくなるような仕組みを構築する必要があります。
――どのような仕組みなのでしょうか。
圓川: 具体的な例としては、共同配送センターですね。今でも大手小売業ではエリアごとに共同配送センターを作って、そこにメーカーや卸業者が一括して搬入した商品を店舗ごとに分けて配送していますが、それの大きなものをイメージしてください。企業の枠を超えて共同利用できるようなセンターを、鉄道の駅や港などエリアの拠点となるところに設置するんです。こうした仕組みを運用していくためには、荷主と運送業者のパートナーシップが必要です。システム面での統合も重要ですね。今はあらゆる商品にバーコードがついていますが、メーカー・運送業者・小売業者のそれぞれが異なるコードを使っています。そのため荷物の引き渡しのたびにバーコードの付け替え作業が必要で、莫大な作業コストがかかっています。ソースマーキングでRFID(Radio Frequency Identification:無線IC)タグを工場で付けて、あらゆる行程で活用できれば、オペレーションコストが削減できます。それだけではなく、消費者がその商品を修理するときや、買い換えてリサイクルに出すときまでタグで管理できて、廃棄も適切に行えるでしょう。
――そこまで考えると、1社だけの取り組みでは難しいですね。
圓川: そうです。でもだからといって、国が音頭を取って「共同配送センターを作ったから使いなさい」と強制するのは、競争原理に反するからよくない。インフラは用意してもいいけれど、それを「皆が使うことがよい」という合意を形成していくための“技術”が必要です。私はそれを“社会技術”と呼んでいます。共同センターやEDIを作っても、使う企業が少なければメリットが少ない、メリットが少ないから使う企業が減るという悪循環に陥ってしまいますが、利用者の数がクリティカルマスに達すると、メリットがコストを上回り、爆発的に使う企業が増えていきます。社会技術とは、クリティカルマスを形成する技術であるとも言えます。
/物流を根本的に変えるのは消費者の意識の変化
――今後、モーダルシフトも含めて、物流はどうなっていくのでしょうか。
圓川: 物流コスト削減という観点から、個別に積載効率を上げるとかドライブレコーダーを導入するとか、そうしたことには企業は既に取り組んでいると思います。それ以上の取り組みまで至るのは、なかなか厳しい。そんな企業を動かせるのは、顧客と外圧です。昨今の原油高騰で、企業は、環境だけでなく経済的な面からも、今まで以上の省エネルギー・効率化が課題となっています。物流効率化のためのパートナーシップの構築などが模索されていくと思います。もちろん、モーダルシフトも、その中のひとつのソリューションとして進められていくでしょう。とはいっても、共同配送センターの利用やEDIの共同利用は、日本企業の商慣習や流通コスト構造まで根本的に変えないと、一斉に導入するのはなかなか難しい。この状況をさらに変えることができるとしたら、消費者の意識の変化です。24時間365日、いつでも自宅の近所のコンビニエンスストアでお気に入りのシャンプーが買えるのは、1日6回、時間通りに商品を配送する物流システムがあるからです。しかし、そのシャンプーの価格にどれだけ物流コストが含まれているのか、そのためにどれだけ環境負荷がかかっているのかを考える人は、今はまだ、あまりいないと思います。
――1日6回の配送を3回に減らして、その代わり「売り切れでも明日まで我慢しよう」って思えるかどうかですね。
圓川: 難しいでしょう? でも、今は地球温暖化が大きな問題となっていて、関心を持つ人が増えています。環境問題がブランド化している現状がよいかどうかは置いておいて、さらに変わる可能性があるとしたらそこからだと私は思います。いまの日本の物流は99.99%という高い納期順守率を誇っています。もちろんこれは素晴らしいことで、これまで企業も消費者もそれを求めてきました。しかし、世界基準でみるといささか過剰品質であることもまた事実です。消費者の変化を通して企業が変わり、その新しい発想を持つ企業がクリティカルマスを超えることができたら、モーダルシフトは大きく進むと思います。
――ありがとうございました。
圓川 隆夫(えんかわ・たかお)氏
東京工業大学 大学院社会理工学研究科 経営工学専攻 教授。専門は品質管理、生産管理、ロジスティクス。1949年生まれ。1973年、東京工業大学工学部経営工学科を卒業。1975 年、東京工業大学大学院修士課程 経営工学専攻修了。1980年、東京工業大学 工学博士、同年東京工業大学工学部経営工学科助教授。1988年、同教授。1996年より現職。日本物流学会賞 (2004年)、QC賞 (日本科学技術連盟・2000年)、物流功労賞 (社団法人日本ロジスティクスシステム協会・1999年)など多数受賞。現在、日本品質管理学会会長、日本ロジスティクスシステム協会理事、日本IE協会理事など。また、財務省 関税・外国為替等審議会委員、国土交通省 交通政策審議会委員、「安全かつ効率的な国際物流の実現」に関する検討委員会 IT部会座長、輸出入・港湾関連譲情報処理(NACCS)センター株式会社設立委員会委員長など、物流政策立案および実証実験に精力的に参画している。著書に生産マネジメントの手法 (朝倉書店 1996年) 、サプライチェーン 理論と戦略 (ダイヤモンド社 1998年) 、生産管理の事典 (朝倉書店 1999年) 、ロジスティクス用語辞典(改訂版) (共編著、白桃書房2002年) おはなし新商品開発 (日本規格協会 、2007 )他多数。
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