強力な技術開発牽引効果を持つ魅力的な商品(携帯電話、テレビ:図中左側)から、複数の商品を経て高性能化・スケールアップされた技術が、温暖化対策の主要な解決手段(プラグイン・ハイブリッド、電気自動車、動力他の省エネ化、有機太陽電池:図中右側)へと技術波及する。省エネルギーおよび温暖化防止において重要と考えられる応用技術は、これらの複雑な連鎖の一部になる。関連産業全体の活発な活動と、それに調和した政策誘導が、温暖化防止技術開発につながる(図中の下線は商品が直面した技術開発課題を示す)(出典:電力中央研究所研究報告Y06018「21世紀日本のエネルギーシステムシナリオ」より)
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2008年7月31日(木)公開 省エネ技術革新の“タネ” 「省エネにとって最大の壁はコストであり、ヒートポンプの活用もその例外ではない。一層のコストダウンが望ましい」と、前回のコラムで書いた。言うは易し、である。
そもそも、激しい価格競争や高騰する資源価格の影響もあって、コストダウンは、すでに相当に厳しい水準まで進められていることであろう。そんななかでの無理なコストダウンは産業を疲弊させかねず、技術革新に悪影響をもたらしかねない。筆者が期待するコストダウンはそういうものではない。もっと長期的なコストダウン、技術の変革とともにもたらされるコストダウンである。
興味深い事例がある。すでに実用化され、一層の普及拡大が期待されているハイブリッド自動車、そして、間もなく市場に登場すると見られるプラグイン・ハイブリッド自動車や電気自動車である。
電気自動車が期待されるようになったのは、今が初めてではない。1970年代や1990年代にも、主に大気汚染対策として注目が集まり、精力的に技術開発が進められた。しかし、過去の試みは、いずれも失敗に終わっている。バッテリー性能が不十分だったことが主な要因である。
今回の電気自動車ブームが過去のものと異なるのは、携帯機器向けを中心にバッテリー市場が大きく成長し、その過程でバッテリー技術の飛躍的な技術進歩と価格低減がおきていること。そして、ハイブリッド自動車という具体的な市場が成立したことである。ハイブリッド自動車の実現には、もちろん相当な技術開発が行われたはずだが、バッテリー市場が携帯機器向けに成立し、技術進歩が起きていなければ、その実現は難しかったであろう。自動車の省エネなどを一切目的としていない携帯機器という巨大市場において、消費者ニーズに応えるために行われた技術革新が、革新的な省エネ技術へと繋がったのである。
■異分野の消費者ニーズが革新的な省エネ技術を育てる
ほかの例を挙げるとするなら、太陽電池もそうである。政府による支援がその技術進歩や普及拡大に一定の役割を果たしたのは確かであり、現在も太陽電池メーカーによる技術開発が着実に技術進歩を生み出している。しかし、そうは言っても、パソコンなど、さまざまなIT(情報技術)製品を生み出すシリコン半導体産業自体の発展がなければ、今日のような隆盛はあり得なかっただろう。
現在主流の太陽電池は、まぎれもなく半導体技術群の上に成り立っており、直接的なところだけを見ても、シリコン材料の生産コスト削減技術やシリコン使用量の削減技術などの恩恵を受けている。シリコン材料のコストは、現在でも太陽電池モジュール全体の5割程度を占めているが、このコストは1975年から2001年までに10分の1以下に低下した。最近では、大型ディスプレーパネルの製造・生産技術の恩恵を受けているとも言われる。
ヒートポンプにも技術波及の恩恵 では、ヒートポンプはどうか。実はヒートポンプも、半導体技術の技術進歩の恩恵を大いに受けている。身近なところでは、「インバーター」エアコンと呼ばれているものがそれで、日本のエアコンは、ほとんどが「インバーター」機能を付している。
「インバーター」とは、狭い意味では、直流電力から交流電力を作り出す装置を指す。しかし、エアコンなどについて言われる場合には、コンセントから得られる交流電力をそのまま使うのではなく、電力用半導体素子(パワーデバイス)を使って好みの波形の電力に変え、(コンプレッサー用などの)モーターを自在に動かす、ということを意味する。パワーデバイスがなければ、電力の波形を変えることは難しく、モーターを決まった回転数で動かさなければならないなど無駄な動きが多くなる。ひいてはエネルギーを無駄に消費してしまう。
パワーデバイスのおかげで、こうした無駄を減らすことができ、静粛性も高まり、きめ細やかな温度制御も可能になった。また、効率のよいタイプのモーターを利用できるようにもなった。エアコンの効率を高めるために、モーターやコンプレッサー、熱交換器の効率向上は重要だが、パワーデバイスも負けず劣らず重要なキーテクノロジーなのである。
興味深いのは、エアコンがパワーデバイスという半導体技術で省エネを実現している、ということだけではなく、パワーデバイスが圧倒的に巨大な市場を有するIT機器向けの半導体技術、LSI(大規模集積回路)を進歩させるための技術の恩恵を受けて、進歩してきたということである。LSIの生産性を向上させるために進められてきたシリコンウエハーの大口径化は、パワーデバイスの大容量化に貢献した。LSIの集積度や演算処理速度を向上させるために進歩した微細加工技術によって、パワーデバイスの制御性能の向上や小型化、低消費電力化が進んだ。ほかにも、トレンチ構造といった、LSIで半導体を切断するために利用されている技術が、パワーデバイスの低消費電力化に貢献している。
■巨大なLSI市場が最先端の省エネ技術を育てた
LSIの生産性や性能向上のために培われた技術が、パワーデバイスの技術進歩や利用拡大を支えた(点線、網掛けは今後期待される市場)
もちろん、パワーデバイスや、それを利用した機器の技術開発を進めなければ、LSIのために生み出された革新技術が存在していたとしても、省エネや効率化には結実しない。また、商品として実現することは、一層の技術進歩をもたらすためにも極めて重要である。これはハイブリッド自動車が実現したことによって、電気自動車が現実の目標となり、さまざまなプレーヤーが参入してきたことを見るとよく分かる。一見、省エネとは関係ない商品価値を追求するなかでの技術革新と、省エネや効率化を実現するための技術開発は、画期的な省エネ・効率化を実現する上で、いずれも欠くべからざる両輪であるといえよう。
魅力的な商品の追求でニア・ゼロエミッションをめざす 日本の製造業は、世界でも有数の多様性と集積度を誇る。ここまで紹介してきた、商品価値追求の結果としての技術革新が新エネや省エネの実現に結実した事例は、大部分が日本で起きたことである。今後とも、日本の製造業が総合力を発揮し、画期的な省エネ製品を低価格で実現していくことに期待したい。
一方で、商品が成立するために欠かせないことは、言うまでもないが、消費者が選ぶことである。商品としての魅力を高めることは極めて重要であり、それは場合によっては、実質的なコストダウンを意味する。例えば、IHクッキングヒーターはよい例であろう。ガスコンロなどに比べると相対的に高価格なものが多いが、そのデザイン性、火を使わない安心感、掃除の容易さ、それに、さまざまなコントロール機能などが受けて、人気を集めている。付加価値が加わったおかげで、消費者に選ばれるだけの実質上のコストダウンが果たされたと見ることができる。
エアコンについても同様のことが言える。空気清浄機能やきめの細かい空調制御など快適性を高める機能を取り入れることによって絶対的には価格が上がっても、古いエアコンからの買い替えが進んだり、活用されたりすることに繋がれば、省エネ投資が実質的にコストダウンされたと同然である。さらには、利用が進まないという省エネバリアをも破る助けになる。
総合力を発揮し、革新的省エネ技術を備えた魅力ある商品を生み出す産業界、その原動力となる消費者、これらがニア・ゼロエミッション・エネルギーシステム実現の鍵になろう。
このようにして出来上がるニア・ゼロエミッション・エネルギーシステムとはどんなものだろうか。魅力ある商品の追求がもたらすものであるから、活気にあふれ、魅力が増した経済・社会とともにあるのではなかろうか。一見すると、本当にニア・ゼロエミッションなどめざしているのか、と疑われるような豊かさかもしれない。しかし、ニア・ゼロエミッションエネルギーシステムが受け入れられ、広がっていくためには、そのような魅力はむしろ歓迎すべきことである。実際、これまでも、魅力ある商品が革新的な省エネ技術の根源となってきたのである。ヒートポンプ利用機器からも、一層魅力的な商品が生まれることを期待したい。
今中健雄(いまなか たけお)
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
1996年、東京大学工学部電気工学科卒業、1998年、東京大学大学院工学研究科電気工学修士了後、財団法人・電力中央研究所入社。2007年~2008年、米ローレンスバークレー国立研究所客員研究員。現在、電力中央研究所主任研究員として、エネルギーシステム分析やエネルギー技術政策に関する研究に従事
杉山大志(すぎやま たいし)
電力中央研究所「温暖化防止政策の分析と提言」重点課題責任者
1991年、東京大学理学部物理学科卒業、1993年、東京大学大学院工学研究科物理工学修士了後、財団法人・電力中央研究所入社。1995年~1997年、国際応用システム解析研究所研究員、2002年~2004年、国際学術会議 地球環境の制度的側面 科学執行委員、2002年 京都議定書CDM理事会 小規模CDMパネル委員、2003年~産業構造審議会環境部会地球環境小委員会 将来枠組み専門委員会委員、2004年~IPCC第四次評価報告書第三部会主著者、2005年~IPCC第四次評価報告書統合報告書主著者、2005年~産業構造審議会環境部会地球環境小委員会 市場メカニズム専門委員会委員などを務める
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