http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/special/071207_idling-stop01/index.html
2007年12月7日
●高速道路のSA(サービスエリア)やPA(パーキングエリア)で、トラックなどの大型車がアイドリングしながら列をなして停車している風景をよく見かける。
●排気ガスは臭いし、エンジン音もうるさい。ドライブの休憩がてら、すがすがしい空気を満喫しようにも、外に出る気も失せてしまうし、窓を開けることもできない…。
●そんなトラックのアイドリングをストップさせることができる「外部電源式アイドリングストップ冷暖房システム」の運用がこのほど本格的に開始された。
●今回は、この「外部電源式アイドリングストップ冷暖房システム」を前編・後編の2回にわたってリポートするとともに、同システムの開発に携わった東京電力 環境部 社会システムグループマネージャーの北村秀哉氏のインタビューもお届けしよう。
取材/土屋 泰一、ナッツコミュニケーション、文/ナッツコミュニケーション、
写真/新関 雅士
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●おいしいサンマを食べるためにアイドリングが必要な理由
「(車の)アイドリングは人体にも、環境にも悪い。止めてくれればいいのに……」。たいていの人はそう考えているに違いない。しかしことはそう単純ではない。トラック輸送は、私たちの生活や経済活動を支えるライフラインであり、アイドリングするトラックにもそれなりの事情があるからだ。 国内の貨物輸送におけるトラックの分担率を調べてみても、重量ベースで約90%(※1)、重量に輸送距離を乗じてその仕事量をあらわした単位であるトンキロベースという単位で見ても約60%(※1)にも及ぶ。
輸送機関別分担率(平成17年度、輸送トン数)
輸送機関別分担率(平成17年度、輸送トンキロ)
ネットショッピングで買い物をすれば、そのほとんどがトラックで輸送されるし、スーパーで買い物をする場合でも、刺身にしても食べられるような北海道産の新鮮なサンマを東京で食べられるのは、長距離トラックのおかげだと考えれば、分かりやすいだろう。特に長距離トラックの場合、渋滞を避け、できるだけはやく荷物を届けるために、夜間に移動するケースが多い。当然ドライバーは昼間に睡眠・休憩が必要となる(法的にも休憩や休息が義務づけられている)。停車中、窓を閉め切った状態で冷暖房を使用しなければ、夏場で運転室内の温度は60℃にも達するともいわれ、冬であれば寒くて休憩どころではない。運転室の温度管理は難しく、アイドリングによって冷暖房機器を使用しなければならないのが現状だ。「トラックの中にいなくても、休憩・宿泊施設を利用すればいいのでは?」という考えもある。確かにその通りだが、トラックが駐停車できる場所やスペースの絶対数は十分とはいえず、利用料金も安くはない。原油価格の高騰や過当競争などが続き、経営環境がますます厳しくなる運送業界では、こうした施設を利用するよりも、ドライバーが車内にいて休憩してもらう方が安上がりになったりする。さらに近年、サプライチェーンの高度化により、「ジャスト・イン・タイム」で荷物を相手先に届けることが求められるようになってきている。遅延した場合はペナルティとして罰金を取られるようなケースも少なくない。そのため、指定の搬入時間に合わせて、移動時間の“読める”場所で待機することも多く、一般道だけでなく、駐車しやすいSAやPAでアイドリングをしながら待機するケースも少なくないという。このような状況で、仮に数人だけがアイドリングを止めたとしても、他の大多数のトラックがアイドリングを行っていれば、窓を開けて休憩するのも難しいだろう。
※1:社団法人全日本トラック協会『日本のトラック輸送産業2007』(2007年9月発行)より
●トラックがアイドリングを止めれば、約14万世帯が排出するのと同等量のCO2を削減できる
では、このようなトラックによるアイドリングの実態と、二酸化炭素(CO2)排出への影響をみてみよう。全日本トラック協会のアンケート調査(※2)によれば、約半数のトラックが1日2時間以上、仮眠や荷待ちのために停車をしているという。全国の大型トラック約74万台のうち、物流の主役である営業用貨物車は約53万台(※3)と推定されるので、営業用貨物車の半数にあたる約26万台が1日2時間アイドリングをしたと仮定した場合、CO2の排出量を計算(※4)すると、年間約79万トンものCO2が発生するということになる。
仮眠・荷待ち停車時間の実態
この数字を、2005年度における一般家庭一世帯あたりの年間のCO2排出量(約5.5トン:※5)と比較すると、約14万世帯分のCO2排出量にも相当することになる。このような大量のCO2排出を削減するためには、アイドリング以外の電力供給方法でトラック車内の冷暖房を稼働させる必要がある。しかし現状、車内の冷暖房装置はエンジンが駆動していることを前提に設計されており、単純に外部から電源を供給できるような仕組みにはなっていない。そこで東京電力と日野自動車は共同で、駐車中のトラックの空調のために外部から電力を供給する「外部電源式アイドリングストップ冷暖房システム」(以下、給電システムと略)を開発した。「2005年8月から2006年10月まで実証試験を行い、2007年10月より本格運用を開始しました」と、給電システムの開発に携わった東京電力 環境部 社会システムグループマネージャーの北村秀哉氏は説明する。
※2:全日本トラック協会、平成16年9月調べ(対象:貨物輸送トラックのドライバー約6500名)
※3:営業用大型貨物車:53万台(「諸分類別 自動車保有車両数」財団法人 自動車検査登録協力会編 2005年3月末現在)
※4:大型トラックの燃料消費量=1.56L/h(代表的な数値として環境省ホームページより引用)
※5:国立環境研究所 地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス「温室効果ガス排出量・吸気量データベース」より
●外部から供給することで地球温暖化や大気汚染の防止に役立つ給電システム
まずは給電システムの全体像を紹介しよう。トラックには、車両のエアコンとは独立した「外部電源式パッケージクーラー(単相交流200V)」を運転席上部に、車内暖房機器用の「単相交流100Vコンセント」を車内にオプション装備で後付けする。そのため、装置は新車だけでなく、既販車にも後付けすることが可能となっている。
給電システムの概要
日野自動車が新たに開発した今回のパッケージクーラーには、暖房機能は付いておらず、暖房には別途追加したコンセントに蓄熱マットや電気毛布などを接続して使用する。冷暖房装置の車両装着費用(本体価格+取り付け費用+備品等)は、国補助後の標準価格で約50万円。「全日本トラック協会や各都道府県のトラック協会からの補助を受けることで、実質は30万円台まで下がる」(北村氏)と言う。暖房装置だけの装着であれば、約8万6000円で済む。これらの装置に、東京電力が開発した給電スタンドからケーブルを通じて直接電力を供給することで、エンジンをストップしたままで、空調装置を利用できる。給電スタンドを利用する際には、ICチップを搭載した認証カードを使用。利用時間などの情報は東京電力が管理するサーバーで自動的に集計され、後日、指定の口座から利用料金が自動引き落としとなる。
利用者認証カードと給電スタンドの利用イメージ
給電スタンドの利用料金は1分毎に課金され、1時間あたり72円(税込み)となるが、2008年3月までのキャンペーン期間中の利用料金は43.2円(税込み)となっている。「給電システムをご利用いただければ、トラックの駐車中に長時間のアイドリングをせずに済みます。燃料を消費しないのでコストダウンが期待できると同時に、地球温暖化や大気汚染の防止にも貢献できます」と北村氏は語る。
●98%のCO2排出量削減効果をもたらすとの試算も
では、給電システムによって実際どのくらいのCO2排出量と利用コストの削減が期待できるのか。実証試験の結果を踏まえた東京電力による試算を紹介しよう。CO2の削減量について。軽油のCO2排出係数(※6)からアイドリング時のCO2発生量を計算すると、1時間あたりのCO2を発生量は4.09kg(※7)となる。一方、実証試験期間の電力消費量の平均値0.22kWh(電力消費量/接続時間)と一般電気事業者10社のCO2排出係数(※7)から、給電システム利用時のCO2発生量を計算すると、1時間あたりのCO2を発生量はわずか0.09kgとなり、これらを比較すると、98%ものCO2排出量の削減効果が見込めることになる。次にコスト試算を見てみよう。軽油の単価を120円/Lとした場合、大型トラックのアイドリングによる1時間のコストは約187円。これに対して給電システムの利用量は1時間あたり72円(税込み)となっているので、1時間あたりの差額は約110円となる(ただしこの計算には、冷暖房装置の購入費用と給電システムの認証カード1枚あたりの基本月額料金1050円は含まれていない)。このシミュレーションから、1日平均6時間、年間250日間アイドリングをストップしたと仮定すると、年間で約6トンのCO2排出量の削減と、17万円程度のコストダウンが期待できることになる。
大型トラック1台分のアイドリングストップ1時間あたりのCO2の削減効果とコストダウン効果
「原油価格の高騰が続き、運送事業者の大きな負担になっているといわれています。特に長距離を運行されている運送事業者さまには、無駄な軽油費を削減できる給電システムの導入には大きなメリットがあると思います。また、アイドリングストップによるCO2排出削減量は、毎月請求書と一緒にお知らせしますので、CO2削減量を把握でき、荷主へのPRや省エネ法対策にもご活用いただけます」(北村氏)。
※6:軽油のCO2排出係数=2.62[kg-CO2/L](環境省「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」ver. 1.2:2007年2月公表より)
※7:一般電気事業者10社のCO2排出係数=0.425[kg-CO2/kWh](電気事業連合会「電気事業における環境行動計画」2006年9月22日公表より)
●SSや工場でも給電スタンドの設置が予定されている
しかし、給電スタンドの設置が増えなければ、給電システムの利用者も増加しない。この点について北村氏は、トラックの駐車場や待機場の環境改善、CO2排出削減量の把握による環境貢献のPR効果などといったメリットだけでなく、給電スタンドの設置がビジネスとして成立するようにすれば、地球温暖化対策の新たなビジネスモデルとして、給電システムの普及を加速できると考えている。「一般的な電力使用料金で計算すると、1時間あたりの純粋な電気代は約10円程度になると試算しています。ただし、給電スタンドを設置するための工事費といった初期コストや維持費を考え、72円という利用料を徴収する仕組みとしました。当然、東京電力以外の企業や団体が全費用を負担して給電スタンドを設置した場合、東京電力は、システムの通信費用などの管理費を頂くだけで、大半の残りはその企業や団体の粗利益となります」(北村氏)。2007年10月時点で東京電力は給電スタンドを計50基設置し、100台分の車両に給電できる体制を整えている。設置場所は、財団法人貨物自動車運送事業振興センターが建設・管理・運営し、主要国道沿いに整備されている40箇所のトラックステーションから、長時間駐車する車両が多い7地点を両者が協議して選定した。「さらに2007年度内に、東京電力所有の給電スタンドを20基から50基増設する予定です」と北村氏は言うが、まだ十分ではないということも認識している。
給油スタンドの設置箇所(2007年10月現在)
今後は試験設置も含め、高速道路のSAやPAをはじめ、ガソリンスタンドや民間の工場、物流センター、卸売市場、空港、港湾施設など、トラックが往来する場所に給電スタンドの設置を働きかけていく予定となっている。また、既に宇佐美鉱油が自社のSS(サービスステーション)の一部に導入することを決定しているほか、日東紡が自社の工場に給電スタンドを設置する予定だという。
●給電システム誕生の背景を探る・東京電力 北村秀哉氏インタビュー
電力を供給するのが電力会社の主要業務である。しかし、アイドリングストップ給電システムの本格運用を開始したばかりとはいえ、東京電力自らが電力スタンドを開発し、その運営までを行っている。なぜ東京電力はこのような積極的な姿勢で、給電システムに取り組んでいるのか。キーマンである北村秀哉氏に、その背景などについて話を聞いた。
――給電システムが誕生するきっかけは?
北村 氏(以下、敬称略): 4年ぐらい前になりますが、長時間のアイドリングを効果的に抑制する方法はないかということで、物流に伴う環境負荷の低減をめざす日野自動車さんと、環境性に優れた電力を提供している当社が共同できることはないだろうかという話になり、エンジンを停止した状態でも冷暖房機器を使用できる給電システムの開発に取り組むことになりました。当初は車内に搭載されている冷暖房装置を電力で動かせばいいと単純に考えたのですが、そのためにはトラックの基本設計を変更する必要があるなど、相当時間もかかりそうだということとなりました。結論として、冷房機器を運転室に後付けする方法が実現の可能性が高いということで、日野自動車さんの方で現在のようなシステム仕様とすることを決定されました。
――東京電力側では、給電スタンドの開発を担当したということでしょうか。
北村: 給電スタンドの開発はもちろん当社で担当しましたが、当社から冷房機の仕様に関して要望を出したり、逆に給電スタンドに対する要望を受けたりもしました。給電スタンドの開発におけるポイントは、安全性と使いやすさです。給電スタンドは屋外に設置されますので、雨が振っているときでも感電を防止するため、ケーブル差し込み口のカバーを閉じないと通電しない仕様にしました。また、ICを搭載した認証カードをかざすだけで、簡単に給電スタンドを利用できるようにし、料金は後払いということにしました。
――なぜ、そこまでして給電システムの開発・運営に取り組んでいるのでしょう?
北村: 当社では、環境負荷の低いエネルギーの供給に努める一方、利用者のみなさまにも省エネルギーにご協力いただくことで、需給双方の複合的な環境負荷の低減に取り組んできました。しかし、エネルギーを供給する側だけがCO2削減対策を実施するだけでは、もはや十分とはいえない時代となりました。これからはもっと利用者の視点に立って、環境負荷の高いエネルギーから環境負荷の低い電力エネルギーへと転換を促進させる仕掛けを実現していく必要があります。しかもそれは一過性でなく、継続的なものでなければなりません。そのような中、民生分野では、例えば「エコキュート」(高効率な家庭用電気給湯機)など、ご家庭でCO2と給湯代の削減を両立する良い機器が現れました。運輸交通分野においても、CO2を削減しているという実感、達成感のある良い方法はないかと考え、この給電システムが生まれました。
●15カ月間にわたる実証試験、アイドリング時より約97%のCO2抑制効果
2005年8月から2006年10月までの15カ月間──国土交通省と財団法人貨物自動車運送事業振興センターの協力を受け、東神トラックステーション(神奈川県大和市、駐車スペース:トレーラー21台/大型車74台/普通車22台収容)の駐車場に試験用(3台)の給電スタンドを設置し、大阪、奈良、福井の運送事業者3社のトラック計4台(大型車2台、中型車2台)が参加して、給電システムの実証試験が行われた。実験に参加したトラックはいずれも、トラックステーションを定期的に利用する長距離トラックである。
そして
(1)燃料削減量、二酸化炭素(CO2)排出削減量の検証
(2)利用電力量、設備利用率の確認
(3)冷暖房の使い勝手など実用面での課題抽出
など、実用化に向けて必要な実証データが採取された。「運転手さんが認証カードを忘れてしまったり、一部エアコンの効き目が十分でなかったりといった細かいトラブルはありましたが、概ね順調に約15カ月間の実証試験を終えることができました」と北村氏は説明する。結果としては、アイドリングストップ給電システムの“狙い通り”、駐車中アイドリングは全く不要となり、4台で約1万1300Lの燃料消費量を削減できたという。そして気になるCO2排出については、アイドリング時より約97%のCO2抑制効果が見込めることが確認された。
給電スタンドのイメージ図
●積極的な事業展開で急速に業績を伸ばす富士運輸
今回の実証試験に参加したのが、奈良県に本社を置く富士運輸である。従業員数約470人、約430台の車両を所有し(いずれも2007年11月時点)、東京、成田、中部国際空港、りんくう、福岡などに支店、営業所を展開する中堅クラスの運送会社である。富士運輸では、所有する全車両にGPS(全地球測位システム)による位置管理システムを搭載し、ホームページ上で荷主にその位置情報を公開するシステムを独自に開発したり、デジタルタコグラフやドライブレコーダーの導入など、積極的に事業を展開。グローバルに事業を展開する外資系の運送会社をはじめ、JP日本郵政グループ、エアカーゴといった業務を請け負い、競争が激化する運送業界において急速に業績を延ばしている注目の企業である。富士運輸ではアイドリングを防止するため、各拠点にドライバーが仮眠できる施設を設置したり、トラックの走行中に冷気を蓄積することでエンジン停止後も運転席に冷風を送ることができる「畜冷式リアクーラー」を一部の車両で既に導入するなど、ドライバーに快適性を提供するためにこれまでも積極的に取り組んできた。しかし、「費用や効果を考えると、これらの手法ですべてのエリアと車両をカバーできるわけではありません。例えば畜冷式リアクーラーにしても、冷房効果を得られるのは数時間程度。真夏などは3時間程度しか効果を得られないときもあります」と説明するのは、富士運輸の代表取締役 松岡弘晃氏だ。同社のこのような取り組みは業界の中で評判になっており、「東京電力さんから実証試験への協力要請をいただきました。給電システムは、アイドリングストップを推進する上で、現実的で効果的な方法だと思い、喜んで参加させていただきました」(松岡氏)。
富士運輸 代表取締役 松岡 弘晃 氏
●実証試験の終了後、正式に採用を決定・2008年度内に10台程まで対応車両を導入予定
富士運輸では、実証試験時に給電システムに対応した2台のトラック車両を定期的に運行させた。参加したドライバーは4~5人。就寝するときに振動や騒音がないため「ゆっくり休むことができる」と、どのドライバーからも評判は上々だという。中には休憩中に運転席でPCやDVDプレーヤーを使用するドライバーもいて、「電源が確保できるので助かる」という声も聞かれたという。ただし、搭載されている冷房機がオートエアコンでなくマニュアルエアコンなので、「温度調節のために手動で風量を調整するのが面倒」という声もあった
エアコンはマニュアル操作となっている
一方、コスト面ではどうか。実証試験では給電スタンドの利用料は課金されていないが、軽油の消費量から計算すると、富士運輸では1日千円程の軽油費用の削減効果が得られたという。これを月間の稼働日数20日として年間で計算すると、1台あたり年間約24万円の軽油コスト削減効果を見込める計算になる。さらに、トラックに余分な燃料を入れなくて済むので燃費も向上し、バッテリーやエンジンへの負荷も軽くなる。その波及効果は1台1台で見ると微々たるものかもしれないが、同社では1日当たり平均200台ものトラックが東名間を行き来しており、その積み重ねを考えると、効果はかなりのものとなる。仮に、1日千円のコスト削減ができるとして、50台のトラックがすべて給電システムを利用したとすれば、1日5万円が浮く計算だ。稼働日数20日間とすれば月100万円、年間で考えると1200万円ものコスト削減効果が見込めることとなる。ただし富士運輸では、一部の拠点に軽油給油施設を設けるなど、軽油をまとめて仕入れることで購入単価を抑えている。また、原油価格の高騰はしばらく続くと考えられているので、他の運送業者であれば削減費用はさらに大きなものになる可能性があるだろう。「初期費用の負担が大きいので、現状、コスト面でのメリットは限定的です。しかし環境面を考えれば、このアイドリングストップ給電システムの効果は絶大です。真夏や真冬に冷暖房のない車内で過ごすのはあまりにも過酷で、アイドリングストップは運送業界にとっては切実な問題でした。給電スタンドの場所や数など、課題もありますが、当社では今後も積極的に利用していきたいと考えています」と語る松岡氏。同社では、実証試験の終了後、正式に給電システムに対応した車両を導入し、2008年度内に10台程まで対応車両を増やす予定だという。
●運送業業者としてどう環境対策に取り組むか・富士運輸 松岡弘晃氏インタビュー
トラック販売の営業マンを経て、実家の運送業を継ぎ、自らもハンドルを握っていたことがあるという松岡氏。なぜ富士運輸では、このように積極的な姿勢で環境対策に取り組んでいるのか──詳しく話を聞いた。
――給電システムの本格稼働に合わせて、対応の車両の導入を早速決定されました。
松岡氏(以下、敬称略): 日々、大量の燃料を消費している運送業者として、環境対策は当然の義務です。当社では、環境負荷の少ない事業運営を推進するためのグリーン経営の取得やデジタルタコグラフの導入など、環境対策をこれまでも積極的に行ってきました。今回のアイドリングストップ給電システムの導入も、その一環と考えています。
――なぜそこまで積極的に取り組んでいるのでしょうか。
松岡氏: 競争が激化する中、「何でも、安く、速く、荷物を運ぶ」というスタイルでは、生き残っていくことはできません。当社では、積み荷の厳格な温度管理が求められる医薬品や半導体関連製品など、荷主の高度化するニーズに対応できる付加価値の高い輸送に特化することで、事業を成長させてきました。グリーン調達が常識化していく中で、環境対策も重要な付加価値の一つだと考えており、実際に荷主様からも評価をいただいています。具体的には、CSRに力を入れているグローバルに事業を展開する外資系運送会社様ともお取引させていただいています。そうした背景があるのです。
――環境対策を実施することで、従業員の意識変化などは見られますか?
松岡氏: もちろん、環境を意識して働くという意識を植え付けることに役立っていると思いますが、実は環境対策は、人材確保──すなわちリクルーティングという面でも重要なファクターとなります。運送業、特に長距離運送というと、「トラック野郎」のようなイメージがまだ強く、排気ガスも臭くて、世間ではあまり評判が良くありません(笑)。事業を拡大させる上で、優秀な人材の確保は欠かせませんので、業務環境を整備したり、環境対策に積極的に取り組んでいたりというのは重要なアピールポイントになっています。
●冷暖房機器を設置するためのハードルをどれだけ下げられるかが今後の課題
実証試験でもその効果が証明され、本格運用が開始した今回の給電システムだが、いくつか課題も挙げられる。最大の課題は、何といっても運転席に後付けする冷暖房機器のコストの問題だ。システムの本格運用が開始されたばかりで、導入見込み数も不明なため、「量産体制が見込めないようで、製造コストを下げるのは難しいですね」(東京電力 環境部 社会システムグループマネージャー 北村秀哉氏)が現状だという。日野自動車のパンフレットを見ると、メーカー希望小売価格は、冷房装置と暖房用電源、取付工賃込みで89万円。2007年10月時点、特別価格によって48万円程で提供され、自治体などからの補助金でカバーしても、実質30万円以上の投資が必要となる。また補助金についても、「すぐに支払われるものと、年度末などにまとめて支払われるものがあります」(松岡氏)ということで、運送事業者はその期間、補助金相当額を自ら負担しなければならない場合がある。車体に関しても、今のところ制限がある。この後付けの冷房装置を取り付けられる車種が、エアデフレクター(運転席とその後ろのコンテナ間の段差で発生する空気抵抗を減らすための部品)付きの車両に限られているのだ。最近では運転席の後ろにあった横になれるスペースを、このエアデフレクターの部分へと移動し、屋根を高くすることで運転席の快適性を高めると同時に、より多くの積み荷を搭載できるようにした新しい車種が登場しており、このような車体には今回の冷房装置は取り付けることができない。現在この冷房装置が装着できるのは日野自動車の車体だけが対象となっており、他のメーカーの対応は来年以降になるといわれている。
左の車両は給電システムに対応した冷房機を取り付けられるが、右の車両は上部に休憩スペースを設けているので取り付けできない(写真のトラックに冷房機は取り付けられていない)
こうしたいくつかの課題の一方で、冷暖房機器の取り付けに関しては後付けでもスムーズに行えるよう、日野自動車は2007年9月10日から全国の販売会社41社での対応体制を整えた。これによって、運送事業者は最寄りの日野自動車の販売会社に車両を持ち込めばよい。現在、稼働中の車両であっても、取り付けのために長時間休止させず済む。確かに冷暖房機器の後付けにはそれなりの投資が必要だが、前編で紹介したように、試算通り、年間17万円ほどのコスト削減効果が見込まれ、2~3年で初期導入コストを回収できるのに加え、給電スタンド設置や取り付け体制などのインフラが整備されつつあることで、アイドリングストップ給電システム導入のハードルは下がる方向性にあるといってよいだろう。
●給電スタンドを設置したSSが国内初登場!・宇佐美グループ 縄田圭司氏インタビュー
国内の主要幹線道路に約450ものSS(サービスステーション:いわゆるガソリンスタンド)網を築く「宇佐見グループ」では、2007年12月11日、国内で初めて外部電源式アイドリングストップ給電システム用の「給電スタンド」を設置した。場所は、栃木県矢板市。国道4号線沿いに、この12月4日に新規オープンしたばかりの4号矢板SSである。今回のアイドリングストップ給電システムによって、トラックなど業務用車両のアイドリングがなくなるのは、二酸化炭素排出削減に寄与するだけでなく、現在の原油高騰の状況下にあっては経費削減の点でアイドリングストップは効果がある。しかし、その一方で経由を販売するSS側にとっては、業務用車両にアイドリングストップが普及すれば、その分、運送業者に購入してもらう軽油量も、多量ではないものの減少することは間違いなく、売上高も減る。ある意味、SSにとっては“ジレンマ”ともいえるだろう。では、なぜ宇佐美グループは、他社SSに先駆けて給電スタンドを自らのSSに設置することにしたのか。その狙いなどについて、東日本宇佐美 関東支店 取締役執行役員 支店長の縄田圭司氏に話を聞いた。
――――給電システムはアイドリングを防止するシステム、つまり御社の販売する燃料(軽油)が売れなくなるシステムともいえるわけですが、あえて給電スタンドの設置に取り組む理由はなんでしょうか。
縄田氏(以下、敬称略): 当社は日本の物流に貢献するグループとして、環境対策にもいち早く取り組んできました。例えば、地球に優しいクリーンで安全なエネルギーである「圧縮天然ガス」や「メタノール」にも対応できる「エコステーション」の建設なども、その一つです。今回の給電スタンドの設置も、そんな環境に配慮したサービスの一環ととらえていますし、周辺に住宅地などがあるSSにおける騒音対策や排気ガス対策としての効果も期待しています。また、シャワー施設や大型洗車設備を配備するなど、陸運に携わるドライバーのみなさまが、安全に、安心して休憩していただけるトラックステーションを提供するのも当社の重要な役目です。既に米国では、このような給電スタンドを設置したSSがあることは調査して分かっています。これからの新しいSSのあり方を模索する中、当社でもチャンスがあれば、このような設備の導入に取り組みたいと考えていました。
――今後の給電スタンドの設置予定を教えてください。
縄田氏(以下、敬称略): 今回の栃木県・矢坂を皮切りに、2007年内に千葉県・新港(名称は「第二湾岸千葉新港」)と兵庫県・滝野(名称は「175号線滝野社インター」)の2つのSSに、給電スタンドを設置します。来年以降もSSの新設やリニューアルに合わせて、給電スタンドの設置箇所を増やしていく予定です。
――SSを運営する立場から、アイドリングストップ給電システムの課題をどうお考えですが。
縄田氏(以下、敬称略): インフラを提供する立場とすれば、やはり給電システムに対応したトラックの台数がどのぐらい増えるかが気になるところです。しかし、現在の社会情勢や環境に対する意識の高まりを考えれば、給電システムの普及はそう難しいことではないでしょう。今後も、東京電力さんや日野自動車さんと協力しながら、給電システムの普及を推し進めていきたいと思っています。
●新たな環境負荷削減のソリューションとして・普及が期待される
今後は、アイドリングストップ給電システム自体の認知や普及を促進するような活動も必要になる。まず、給電システムのネーミングだが、「外部電源式アイドリングストップ冷暖房システム」という正式名称は長い。東京電力の北村氏のインタビューでも出てきた「エコキュート」のような覚えやすいネーミングがあれば、「○●○●○●対応PA」や「○●○●○●対応駐車場」といった具合に、給電スタンドの設置をアピールしやすくなり、認知や理解も向上するのではないだろうか。幅広く認知させていくという点では、トラックの販売会社がオプション装備をあまり売りたがらないという“現場の事情”も実は見逃せない。というのも、トラック1台の価格は1000万円からそれ以上と、きわめて高価なものだ。そこに数十万円の余計なオプション製品を販売会社が薦めたところで、購入する運送事業者からは値引きやサービスの対象として見るケースが多い。このような現状を見ると、国土交通省や環境省といった関連省庁をはじめ、運送業界の各関連団体や地方自治体を巻き込んだコンソーシアムのような共同事業体を立ち上げ、運送業者や給電スタンドを設置する企業に具体的な支援や情報提供を行うことで、普及をよりいっそう促進するような手立ても必要となってくるだろう。既にアイドリング削減設備の導入が進む米国では、インターネットで利用できる電子地図により、トラック運転者がアイドリング削減設備のあるトラック駐車場を見つけやすくするような取り組みもなされており、今後、日本が見習うべき点も多い。「現状の給電システムは運転席の冷暖房を行うもので、積み荷の温度管理機器への給電を行うことはできません。搬送中に荷台の温度管理が必要な車両は、現状、気候や場所に関係なくアイドリングを止めることはできません。ニーズに応じて電源容量の大きな給電スタンドの提供も検討していきたいですね」と東京電力の北村氏は、今後の展望を語る。今回、紹介した給電システムは、アイドリングストップを実現することで、有害な排気ガスも騒音もなくなることにつながるのは間違いない。利用者はもちろん、その“姿”を見ている人たちも、その効果を実感でき、実際に大幅なCO2排出量削減効果も期待できる新たな環境負荷削減のソリューションとして、今後もその動向を見守る必要があるだろう。
東神ステーションにて、給電ステーションにケーブルを接続する様子
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