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2008年7月31日 木曜日 飯野将人,堤 孝志,瀬川 明秀
新コラム「NEXT BIG THING~キャピタリストが見る新潮流」は、5月に発売された『クリーンテック革命』という1冊の本がきっかけとなり始まった。
これは米国シリコンバレーを中心に盛り上がる“クリーンテクノロジー”に迫ったビジネス書(原著『Clean Tech Revolution』)で、日本では現役ベンチャーキャピタリスト2人が翻訳した。米国の著者たちの視点も斬新だったが、日本のベンチャーキャピタリストたちの視点が面白かったので、日経ビジネスオンラインでの連載が始まった。
コラム「NEXT BIG THING」は、本の紹介だけではなく、日本のクリーンテックベンチャー事情とキャピタリストとしての思いも語ってもらうことになった。
『クリーンテック革命』と「NEXT BIG THING」で共通するのは、単なる技術の「評論」にとどまらず、投資家のための分析・判断になっていることだ。自分のお金ではなく、他人様のお金を預かり、未来の成長企業に投じるのがベンチャーキャピタル。常に当事者としての判断が求められている。
優れた技術でも、マーケットスタンダードを勝ち取れなかったケースはいくらでもある。クリーンテック分野も同じことが起きる。素晴らしい技術だが、中長期的な視点で見た時に何が課題になるのか。資金不足か、人か…意思決定を求められる立場になれば、考えるべきことは山ほどある。筆者たちは常にそうした視点で考えている。それゆえにクリーンテックブームに対して非常に「熱い」のに「冷静」なのだ。
さて、この連載は前回で、代替エネルギー編が終わったところ。1回1回のコラムは質量とも充実しており、読み応えあるものになっている。
そこで、このタイミングをとらえ、筆者たちにエネルギー編の「自己解説」をお願いした。技術、投資動向の詳細に関してはそれぞれの連載を読んでいただきたいので、今回は対談形式による「まえがき」であり「補足」になる。併せてお読みください。
NBO:まずは「クリーンテック」との出合いについてお聞きしたいのです。いつ頃からクリーンテックに注目されていたのですか。
飯野:そんなに前の話ではありません。堤さんが『Clean Tech Revolution』を紹介してくれた頃だから…、去年の3月頃からかな。たった1年半前ですが、当時日本ではクリーンテックとかグリーンテックとかいう言葉はありませんでした。
シリコンバレーの起業家や米国のベンチャーキャピタリストの話題といえば、ちょっと前までは、「半導体」の新技術や「Web2.0」の話題ばかりだったのに気がつくと皆、太陽光発電やバイオ燃料などを熱く語るようになっていた。数年前からそんな場面に何度か遭遇していたんだけど、この本を読むまでは正直、僕にはピンとこなかった。「エコ」とか「環境」と言うと条件反射的に「ビジネスにならない」と感じてしまっていたので、どうせ一過性のブームだろう、くらいにタカをくくっていたのです。
堤:当時、コンピューターやインターネットに続く“本格的”で“骨太”の成長の波(=ネクスト・ビッグ・シング NEXT BIG THING)は何だろうかと模索していた時期だったんです。一人で考えても答えが見つかるものではないので、会社の枠を超えて、飯野さんたちと議論をしていました。
飯野:「Web2.0」は確かにライフスタイルを変えるし、情報の流通も使われ方も、いろいろ変わるんだけど…大きな意味でインターネットイノベーションの一環だし、ネクスト・スモール・シングぐらいの感じだった。10年後も成長していると言える分野かどうかは分からなかった。
では「半導体」はどうかといえば、半導体は日本のお家芸と言われた時代もあったけど、今は苦戦しているし、少なくともベンチャーキャピタルが半導体の投資でうまくいった例は少ない。
新しい展開が見いだせなかった時期に、米国ではクリーンテック、クリーンテックと騒いでいる。ベンチャーキャピタルからの投資が衰えるどころか、日増しに勢いづいていました。
NBO:そのあたりの状況は、1回目の「投資家を魅了する魔法の言葉“クリーンテック”」で話題にされてました。
投資規模と投資スピードに驚く
堤:ええ、驚くほどの規模であり、スピードです。1回目に書いたのですが、シリコンバレーの超一流ベンチャーキャピタルであるクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ(KPCB)は、アル・ゴア氏が代表を務めるGenerationというNPO(非営利組織)と提携し、ゴア氏をアドバイザーとして招聘しました。それに続いて、500億円のGreen Growth Fundをも立ち上げました。
Sun Microsystemsの共同創業者でKPCBのパートナーも務めたヴィノッド・コースラ氏もクリーンテック関連投資を積極的に進めているんです。そのほか、セコイア、ヴァンテージポイント、モアダヴィドゥなど老舗の一流ベンチャーキャピタルもクリーンテックに力を入れ始めています。
ベンチャーキャピタルだけじゃありません。
グーグルの創業者がCIGS型太陽電池(詳細は2回目で紹介しました)のナノソーラーに投資したり、グーグル自身(もっともグーグル本体ではなく、 Google.orgという別組織)も向こう数年間で再生可能エネルギーに数百億円の投資意向を表明したり、さらに、石炭より安い再生可能エネルギーをもじった「RE<C」という研究開発グループを立ち上げ、再生可能エネルギー関連の開発をしている。
PayPal(インターネット上の決済システムで現在はイーベイの子会社)共同創業者のElon Muskも、今はTesla Motorsを通じてバッテリー駆動のスポーツカーの開発に勤しんでいます。(註:このあたりの説明は1回目に詳しい)
飯野:そんなお祭り騒ぎを目の当たりにして、なぜこうなっているのか、クリーンテックって何だろう…僕らも見直しを迫られたんです。そのとき堤さんが紹介してくれたのがこの本。そこで僕らで翻訳することにしたのです。
NBO:なぜ自分たちでやろうと
飯野:新しい分野なのでとにかく情報が欲しかったんです。僕ら投資屋個人が耳を大きくしてパッシブソナーのように情報収集するより、自分たちが積極的にアクティブソナーとして情報発信する方が効率的に情報がフィードバックされるだろうと期待したのです。
堤:このコラム1つ取っても、そう。この分野は新しく進化のスピードもすさまじいため、我々も日々学習しながらやっとついていっている。読者からのコメントも非常に参考になる。コメントをつけられるコラムの場合、特に有意義。第2回の太陽光発電や第4回のバイオ燃料の回では、我々と別の切り口からの見解を皮切りに賛否や、一歩踏み込んだコメントが相次いだ。そのようなオンラインでの議論から皆が学べることも多い。
もう1つの理由は、日本国内のベンチャー業界でクリーンテック動向がほとんど話題になっていなかったことを危惧したことです。もちろん欧米と同じことをやっていく必要はありません。しかし、インターネットやコンピューターと比べると、この分野は日本により多くのチャンスがある。平素から日本発ベンチャーが世界でトップクラスシェアを取るのを支援したいと考える中、このチャンスをこのまま逃すのは惜しい。もっと世界の動きを、しかもこの非常にダイナミックな潮流を知ってもらうことで、ニッポンの起業家やベンチャーがチャンスを生かせるはずだと思ったのです。
NBO:実際に翻訳しながら、欧米日本国内を調査されてきました。そこで見えてきた「クリーンテック」とは何だったのでしょう。初めて読む方に、「環境技術」とは何が違うのか説明してもらえますか。
堤:「クリーンテック」にはいろいろな定義があります。
一番多いのは、「天然資源の消費、大気への温暖化ガス排出や廃棄物を減らし、再生可能な資源を活用する様々な技術・製品・サービス・プロセス」というものです。
が、正直、これはしっくりこない。
そもそも日本語で「環境関連投資」とか「エコ関連投資」というと何か社会的責任につながる語感があります。僕らも、一人前に地球温暖化に対する懸念はあるし、総論として、環境負荷の低いライフスタイルが望ましいとも思っているんだけど、「クリーンテック」はそうした社会責任論のコンテクストで捉えるべきものではなく、ビジネスや投資対象として考える概念だと思います。
「クリーンテック」の定義に重要な要素の1つに「快適さや利便性といった効用で妥協しない」ということも挙げられます。
これを踏まえて「クリーンテック」の定義をすると「従来並みか、それ以上の快適さや利便性を実現するのに、天然資源の消費、大気への温暖化ガス排出や廃棄物を減らし、再生可能な資源を活用する技術を取り入れて製品やサービスとして事業化したもの」「ワガママやゼイタクを妥協せず持続的成長を実現する技術やサービス」となります。
飯野:「環境技術」や「エコ」という言葉には「我慢する、削減する」という倹約の美徳の臭みがついて回る。それ自体は尊重すべきモラルだと思うけど、たゆまぬ成長が要求される経済活動の中で、最初から我慢とか削減を求められるものにはムリがあります。そこで「我慢をしないで済むための技術を開発する!」と旗を掲げたらお金が集まり始めた、ということではないでしょうか。
環境分野への取り組みでは技術開発では日本が進んでいるにもかかわらず、こと大規模投資という意味では欧州諸国が先駆者で米国は(少なくとも連邦政府レベルでは)動きが鈍いですよ。でも、ことビジネスとなると米国人は目ざとい。新しいパッケージとして投資対象に仕立てたのです。
欧米でクリーンテックともてはやされる分野で一つひとつの要素技術を取り出せば、日本企業の方がはるかに進んでいるものも多い。「そんなことは、日本では10年前からやっているよ!」と、僕らも勝手に自慢したい分野があります。でも、そんなことを言っても、今は海外の投資家からは「10年もやってきた技術なのになんで売れないの」と言い返されるでしょう(笑)。
本当に悔しいことなのですが、技術の本質云々とは別に金融関係者が寄ってたかって「クリーンテック関連投資」という投資分野に仕立て上げたところに「妙」がある。一部の機関投資家だけではなく、証券取引所が指数を作ったり証券会社が「クリーンテック」関連の投資信託を提供するなど、本当に枚挙に暇がない。
堤:あと完全な空想夢物語ではなくて、個別要素技術として開発が進められてきたものが“実用を見込んで、統合”され、エンドユーザーから見て分かり易い製品として具現化してきたことが、大きな変化とも言えます。
1回目に紹介したTesla製のスポーティーなバッテリー駆動車がその好例でしょう。太陽電池ひとつを取ってみても、セルやモジュールの微細加工の水準が上がり発電効率が高まったり、風力タービンが洗練された結果、従来電力と遜色ない価格競争力を持ち始めたのです。
さらに、そうした自然由来の電力源が宿命的に持つ供給力の不安定性が蓄電技術や送電技術で解決され始めたのです。
飯野:そうそう。日本でも目の前に「ハイ、これが家庭の電源から充電できる電気自動車ですよ」と、三菱自動車の「iMiEV」や、スバルの「R1e」が見せられることで「おお、これはビジネスなんだな」と実感が湧くようになる。
NBO:クリーンテックにはいろんな側面があるのですね。今回の連載では、太陽光、風力、バイオ燃料、バイオ素材、グリーンビル(省エネ技術)、自動車、送電インフラ、モバイル、浄水という分野に分けそれぞれの分野の海外とニッポンの事例を取り上げてもらってます。
前回までは太陽光発電と風力、バイオ燃料といった代替エネルギーについて書いてもらいました。そこで、今回はそれぞれの代替エネルギーの簡単な「概要説明」と「補足」をお願いしたいのです。まずは2回目で紹介した「太陽光発電ベンチャー」。
堤:太陽光発電の世界市場規模(発電容量ベース)は急拡大しています。
2003年で620メガワット(メガは100万)だったのが、2007年は2821メガワット、2017年予測は2万2760メガワットに達するといいます。これは原発換算でおよそ23基分に相当し、若干乱暴ですが世界の原発のおよそ5%を太陽光で賄えるようになったことになります。
太陽光発電産業の売り上げ規模は2007年で部品、システム、設置サービスを含めて200億ドル(約2兆円。調査によっては3兆円という見方もある)。これが2017年には740億ドル(約8兆円)に成長する見込み(Clean Energy Trends 2008 by Cleanedge, Inc.)。約3兆円産業といえば音楽、ゲーム、映像などデジタルコンテンツ市場と同じです。
このように太陽光発電は世界中でもてはやされていますが、その牽引役は今や日本ではなく環境立国として主導権を握ろうとするドイツになっています。ドイツの太陽光発電の累積導入量は2005年に日本を抜いて世界首位。2006年の国内市場規模は日本の2倍に迫る勢いで拡大しました。その結果、太陽電池セルの生産で、2006年まで7年間世界リーダーだったシャープは2007年ついにドイツのQセルズに抜かれました…。
世界市場における日本メーカー各社の地盤沈下は進んでいます。今のところ日本勢には高い技術競争力があるのですが(セルの変換効率は10%台後半と欧州勢の製品より数ポイント高く、投資目的で太陽光発電施設を導入する客ほど変換効率や耐久性などを重視するため、欧州でも日本製品から売れていく状況はあります)、次なる一手をどうすべきか、迫られている状況に置かれています。
NBO:投資家はどう見ている。
堤:今のところ、市場シェアが大きい「結晶シリコン型」、次世代を担うと言われる「薄膜型」「CIGS型」「有機型」など、太陽電池セルの市場には日本国内のベンチャー企業が少なく、シャープ、京セラ、三洋電機といった大手メーカーが主役で、ベンチャーが出る幕がない。我々ベンチャーキャピタリスト泣かせの分野ですね。
NBO:が、コラムの2回目では、意外と言っては失礼ですが、日本のベンチャー企業が数多く紹介されています。
飯野:ええ、太陽電池セル市場と違って、セルの製造装置の市場ではベンチャーが活躍する場があります。例えば薄膜型やCIGS型の製造に欠かせない製膜技術には「真空」「CVD」「スパッタリング」「スクライブ」など、半導体やFPD(薄型パネルディスプレー)分野のプロセスと重複するキーワードが多く、この分野で実績のあるベンチャー企業の活躍する場が広がっていると思います。
堤:太陽光発電は半導体/FPD産業と似ている、と言うより半導体/FPD産業そのものですね。おおまかに言えば現時点で「半導体」のプロセス市場は半導体市場のおよそ1割。つまり、太陽光発電に関わる装置産業も2000億円から3000億円という魅力的な規模になる可能性があります。
半導体/FPDの成長と同じ道をたどるならば、現在、米国で50種類ほどあるセルの方式も、恐らくなんらかの形に集約されていくでしょう。
飯野:ただ、最終的に集約された後になって、その「勝ち馬」に乗るのは難しい。ある半導体装置メーカーの経営者は「特定の技術に賭けるのではなく、どの方式が勝ってもちょっとしたセットアップで対応できる汎用的な装置を開発していかないといけない」と言っています。僕が好きなサッカーで言えば「ポリバレント」。工場で言う多能工になることです。ある特定のポジションでスーパープレーヤーになるよりもいろいろな技をこなせることが、現時点の太陽光業界の製造装置メーカーに求められるスキルなのかもしれないな、と思います。男らしくないけど(笑)。
「いろんな技術にチョイ乗り、チョイ乗りしながら最大公約数を押さえる。結果としてデファクトになった技術にも柔軟対応できる製造装置やプロセスが一気にシェアを取る」というイメージでしょうか。
NBO:それがネクスト・ビッグ・シングの1つに…
堤:いや、それでもビッグになるかどうかは分かりません。半導体/FPDの製造装置とかで日本の専業メーカーでビッグになった会社って…本当にビッグになったのは1社程度でしょう。
飯野:確かに。
堤:一方、米国はどうだったか。米国ではアプライド・マテリアルズとか、ケーエルエー・テンコールとか、ラムリサーチ、ノベラスシステムズ、オルボテックとかいろいろ出てきた。「何か」が突然出てくるんです。半導体/FPD装置の成長を考えれば、技術・方式を統合するアプローチまでは、日本企業も正しいのです。が、その最後の最後の一歩のところで米国では全く違うアプローチの企業がぽっと出てくるんですね。
例えば、KLAなんて一番典型例でしょう。KLAというのは半導体の検査装置メーカー。半導体メーカーにとって重要なのが「歩留まり」の向上でしたから、その歩留まりをカイゼンさせるソリューション企業としてKLAが登場して急成長したのです。業界ではKLAを使えば歩留まりが向上するという「KLA神話」が広まって、多くのメーカーがそれを競って導入した。装置メーカーでビッグになるには、このぐらいの説得力と勢いが欠かせません。
飯野:その「KLAによる歩留まり改善神話」自体、巧みに仕掛けられた感じが否めないけど(笑)。
堤:太陽光発電の製造装置は半導体/FPDと近いから、半導体/FPD産業的な発想が通用すると思っています。ただ、その発想だけで投資をしようとすると、それが「限界」になるかもしれません。それは意識してますね。
飯野:いずれにせよ、太陽光発電の分野で、日本ならではのベンチャーが名乗りを上げてくれるのを心待ちにしています。僕たちベンチャーキャピタルはそうしたNext Big Thingにリスクキャピタルを流入させて、革新を促すのが使命であるはずですから。
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「CO2削減」の先にある価値を見据えろ/「代替エネルギー」編をふりかえる(下)
2008年8月7日 木曜日 飯野将人,堤 孝志,瀬川 明秀
NBO:先週に引き続き、代替エネルギー編に対して自己レビューをお願いしています。先週は「クリーンテックとは何か」についてと「太陽光発電」について伺いました。
太陽光では「半導体と似ている…というか半導体産業そのものなので、技術進化、企業戦略が理解しやすい」とのお話がありました。
飯野:ええ。太陽光発電は半導体関係者にとっては「見たことのある風景」なんですね。だけど、見たことがあるというのが、逆に障害になる可能性もあります。
半導体でやらなかったこと、半導体でやって失敗したことが、今度はもしかしたらうまくいくかもしれない。
例えば、米ナノソーラーみたいに電池パネルを「印刷」するような大胆な発想は半導体的な進化だけを見ていては出てこなかった。あれは日本企業も「やられた!」という感じではないでしょうか。
堤:まだご覧になってない読者の方がいれば、同社のウェブに掲載されている映像は一見の価値有りと思うのですが、あれはとても画期的でパラダイムシフトの予感がします。
「シマノの経営企画部にいたら真剣に参入を考えてます」
NBO:では、風力、バイオ燃料について伺います。まずは3回目の風力・・・。
堤:そう。風力発電は一見、大手企業の独壇場になっているように見えますが、そうではない部分もある。市場全体がまだまだ成長余地がありそうな中で、日本企業、ベンチャーにもチャンスがある、というのが言いたいことですね。
確かに、世界市場における大規模発電のシェア争いの視点に立てば大手が有利かもしれない。装置も成熟してきており、技術的な大きなシフトが起きるとは思われていません。
ですが、よくよく目を凝らしてみると、タービンとか、ブレードの装置の部分にも改善の余地はあります。風力発電の大きな羽根を造っている会社が、風が目まぐるしく変わる「ビル風」が吹く街中向けの小型装置を開発できるか、といえば、それには別の強みが必要で、そこに強みを持つ企業にはチャンスがあると言える。
ですから、連載で触れた松栄工機のようなケースはこれからも出てき得るのではないでしょうか。風が強い時は強い時なりに、弱い時は弱い時なりにギアチェンジをするといった具合に、こうしたメカニクスの制御技術は日本のお家芸ですから。自動車、電機関連などメカニクス関連企業の参入機会はきっとあるんじゃないかと思います。
飯野:あと自転車パーツメーカーとか。僕が自転車パーツのシマノの経営企画部だったら、参入を真剣に考えているかもしれない(笑)。
「今の太陽光、風力のイメージは今後は通用しない」
飯野:そういえば…今回の連載で2回目、3回目とも大平原に大型の発電装置をいくつも並べている写真がありましたね。
NBO:ええ、そういう写真がいくつもあるので…。
飯野:これは大型設備で大量に発電し、各家庭に一気に送電する。そんなイメージですよね。これはコンピューターで言えば中央集権的な「ホスト-端末」型のシステムアーキテクチャーに似ています。
NBO:ええ。
飯野:でも、発電もこうした形ばかりじゃない。コンピューターで言うところの分散処理ないし「P2P」の考え方です。いくつもの分散した小型発電施設があり、お互いがお互いを補完しながら電力を供給・消費する仕組みもあるんです。
分散型のエネルギー発電、分散型のエネルギー消費という仕組みに合致した装置やサービスが今後は増えていくと思います。
だから、現在の主流である「硬くて黒いパネル」の太陽光電池とか、大きな風車ばかりでもない。小さな風車もあるだろうし、「ええっ、これが太陽光電池」と今の僕らからすると想像できないものが主流になっていく可能性はあります。
NBO:第4回目は「バイオマス燃料」でした。このタイトルは「『飢えている人がいる時に、食べ物をクルマに食べさせる』バイオ燃料の“真面目な悩み”」。バイオマスに関しては食料的な観点からの議論も出ているというお話でした。
堤:バイオ燃料はこの1年で状況が変わってしまった感があります。ちょうど、『クリーンテック革命』の原著を最初に見た頃は、食糧競合の観点はあまり注意を払われてなかったですよね。
飯野:先月横浜で開催された「バイオフュエルズワールド2008」の講演でバイオ燃料の食糧競合性について、アナリストが「今の穀物価格の高騰を中国の大量需要のせいだけにするのはアンフェアだ」という趣旨のことをしゃべっていました。「今の穀物価格の高騰は100%バイオエタノール燃料のせいで、中国の需要の影響はごくごく限定的だ」「米国でコーンをエタノールにしているのがまずい」と。
堤:バイオ燃料の輸入に対して疑問を持つ人も出てきています。例えば、国外で作った農作物を利用して、現地でバイオ燃料を製造しても、輸送をどうするのか。消費地まで運ぶ船の燃料をどうするのか、といったものです。ライフサイクル全体で考えることも重要かもしれません。
NBO:昔のバスではありませんが、バイオマスは稲わらと廃材だけで動かすのであれば分かりやすいですね…。
飯野:確かに。バイオ燃料に利用するのが木屑、糞尿、廃材、廃食油とか「リサイクル」システムで完結するならメリットが明確ですね。でもそれだけじゃ、供給の安定性の点で産業として成り立たない。
堤:(展示会などを見ていると)日本のバイオ燃料関係では今のところ、廃油の精製に取り組むベンチャーが目立ちます。
飯野:家庭から出る廃食油の品質にはばらつきが大きいし、供給も安定していません。こうした問題の一つの解決として、大規模な外食チェーンが大量に食用油を利用しているので、家庭から出る廃食油の代替として有力なバイオ燃料供給先になるかもしれません。また、ヤトロファと廃食油をブレンドするといった品質安定化や供給安定化の試みもいくつかあります。
堤:ごみを減らす役割も果たすので、一石二鳥です。そういう意味では代替の主流じゃないけど、サブ的なエネルギーの位置づけとしてはあり得るかもしれません。だた、うーん。やっぱり半径数キロ、地域コミュニティーの中での話かな…。
CO2関連はリスキー。CO2を半減する装置など無駄になるかもしれない
NBO:バイオ燃料では他の課題も指摘されてますね。
飯野:洞爺湖サミットでもそうでしたが、「CO2、CO2」と地球温暖化のソリューションとして視野を限定した議論に怖さも感じます。温暖化ガスをめぐる議論には政治臭が強く、潮目がガラリと変わるリスクがついて回る気がします。
今から5年後「太陽光と風力はOKだが、一切の植物由来燃料は悪玉!」というような、ドラスティックな転換が起こる可能性も排除できない。
NBO:となると、「CO2(二酸化炭素)を半減できる未来のエコロジー装置」とか「二酸化炭素排出権ビジネス」に対しての投資は慎重にならざるを得ない。
堤:「CO2ディペンデンシー」とでも言いましょうか、ある技術やサービスなどの財の価値がCO2削減という効用にどの程度依存しているのか、という視点からも見ておく必要がある気がしています。現在は世界的にも「地球温暖化」「対策としてCO2削減が必須」といった流れが主流と言っても過言ではないわけですが、全く疑義がないわけではない。その辺の趨勢が変わってきた場合にはどうなるのか考えておくことも重要かもしれません。
飯野:CO2削減に関して気になるのは、日本には批判的なメディアが少ないことです。
NBO:はい。
飯野:極端なことを言えば、今は「シロクマが絶滅する」映像とか「氷山が崩れ落ちる」映像を流して「CO2を削減して、サスティナブルなエコに移行しよう」と言っておけばそれでOKみたいな風潮があります。
英国BBCが2007年に制作したドキュメンタリー『グローバル・ウォーミング・スウィンドル( Great Global Warming Swindle )』 ( 「地球温暖化詐欺」 )は、『不都合な真実』に対峙するスタンスで、一方的なCO2悪玉論に警鐘を鳴らしています。
誤解していただきたくないんですが、我々も地球温暖化は憂うべき問題だと思うし、国際的な枠組みでそれに対処しようとする姿勢そのものや、科学者が政治的影響力を発揮していくこと自体に否定的なわけではありません。
でも、「不都合な真実」の善し悪しは別として、政治的に演出された批判なき満場一致の中で投資決定することに危うさも感じます。投資判断では積極的な要素と不安要素両方の材料を見たうえで、投資に見合う効用を評価することが必要です。
「CO2削減」は誰にとっても非常に大きな取り組み課題ですが、それが金科玉条になってしまうことで、投資に見合う効用についての冷静な議論をすること自体が白眼視されるような状況になるのは心配です。皆さん、そうしたことをどうしているのかな。
堤:「CO2削減」という付加価値に限定せず、「省エネ」「有限資源である化石燃料の代替」「コスト削減」といった価値にも着目すべきなのかもしれません。
NBO:新しい技術、新しい市場への投資を考える時、ベンチャーキャピタルは何を手がかりに判断しているんですか?
飯野:過去の新興市場がどのように立ち上がってきたか、その産業が立ち上がってきたスピードと過去の企業動向は参考にします。
堤:太陽光発電と半導体産業の関係のように、クリーンテックはコンピューター、インターネット産業との比較で考えていくことはできると思います。ただ、引っかかるのは、コンピューターとか、インターネットのイノベーションには京都議定書がなかったことかな(笑)。「これから30年後にはCPU(中央演算処理装置)のスピードが50倍になってなきゃいけない」とかそんな目標があったわけではない。
飯野:代替エネルギー市場が立ち上がる背景には「石油資源の枯渇を見込まなければならない」「CO2削減をしなきゃいけない」という“困ったこと”があった。
困っていること、困難があるところにはビジネスが生まれるはずだけど、再生可能エネルギーがまだコストが高い。現時点では国の政策的支援がないと進まないことも多いし、“助成金”がないと新しい挑戦もままならない。
NBO:ブレイクしそうにないかもしれない?
堤:いや。政策的な支援以外にもどこかに産業としての自立を加速させる何らかの「ボタン」があるはず。インターネット産業が成長した理由は、ワールドワイドウェブがトリガーになって個々の端末の処理能力の飛躍と、データの通信インフラの整備がバランスを取りながら進んだということがある。鉄道網と同じでデータの送受信のため、それまで「規格」が違った手順というか線をつなぐ技術も進化した。1990年代に入るまでは現在のような価格水準で、しかも定額で世界中と通信できることなど考えもつかなかった。端末サイドだって、廉価な個人のPCで画像や動画をストレスなく扱えるなんて夢また夢の世界。技術的には可能だったかもしれないが、スパコンや通信事業者のバックボーンネットワークの話であって、コストが高すぎて個人利用なんて「あり得ない」話だったわけです。
しかし、それが半導体技術の進化でCPUの速度が速くなり、メモリーやHDD(ハードディスク駆動装置)の容量がどんどんと大きくなり、個人の端末でマルチメディア(年齢がばれますが)が少し扱えるようになった。その頃、ワールドワイドウェブとブラウザーという「ボタン」が押され「これは便利」という話になり、その利便性にドライブされて、ケーブルモデム、ADSL(非対称デジタル加入者線)、FTTH(家庭用光ファイバー通信)が出現し、ネットワークのコストパフォーマンスが飛躍し、さらに規制緩和も相まって、現在のような状態になったわけです。
太陽光、風車、バイオ燃料発電も、それと比較してみると「ボタン」になりそうなものが見えてくる。分散型ネットワーク型の発電・消費の世界を見据えれば、“電気をためるダムのような技術”が必要です。そのダムがキャパシタになるのか、もっとずっと小さい電池になるかは分かりませんが、電気を貯留する機能は自立への1つのトリガーになるかもしれない。
また、P2Pのように発電機同士で電気をやり取りする…そのための判断をするスマートノード的な機能(※)も必要になるでしょう。
NBO:発電・送電・蓄電を実現するための新しいエネルギーネットワークがカギ?
飯野:太陽光、風力などそれぞれの発電効率の問題の一方で、エネルギー伝送網の問題もあります。これからは伝送側も駆け足で追いついていかないといけない。このあたりは拙訳書の第6章に詳しい(笑)。
堤:そういう意味で、住友電気工業などがやっている超電導の研究はかなり革命的だし興奮させられるものがあります。遠隔地で発電した電力を減衰させることなく送るとなれば、発電の適地と消費地の距離上の制約がなくなるため、例えばサハラ砂漠で太陽光発電した電力が、代替エネルギーを利用できない地域で利用可能になるなど、従来あり得ない地球全体での最適化を図ることが可能となり、まさにBIG THING的なイメージがあります。
NBO:あ、大企業ですね。
堤:ベンチャーでもそうした可能性を秘めた技術開発をしているところをリサーチしていきます。
NBO:ベンチャーファンドの運用者はどれぐらいの時間軸で技術や市場を見ているのですか。
飯野:バイオ燃料のところでも書きましたが、ベンチャーファンドは運用期間8~10年というものが多い。経営者とお会いして、技術を見て、投資をして経営的なお手伝いをしていく、いつか事業の花が咲き、実がなったら、8~10年間で回収することを目指すわけです。同じ運用期間のベンチャーファンド同士でも開始時期が違えば、リスク許容度が違ってくる。回収までの締め切りが迫るほど投資基準が厳しくなってきます。
一方で、対象とするテーマが技術革新的であるほど、また社会インフラの深いところに影響するテーマであるほど、10年間という投資期間では投資回収がままならない、というジレンマがあります。
堤:一口に代替エネルギーと言っても、本格的な普及までの時間がそれぞれ異なるので、分野によってリスク許容度が違ってき得る。例えば、バイオ燃料事業は本質が農業であり、作物の生育サイクルや栽培地の確保、応用分野の開拓、流通インフラの整備に長い時間がかかり得るわけで、投資機会に対してどう対応するのか工夫が必要だと思います
省エネビジネスはキテている
逆に、省エネ関連の企業、技術に対しては…。
NBO:目の前に迫っています?
堤:いや目の前というか、もう始まっています。最近、法律も変わって、もっとやらなきゃいけない人たちが増えています。それを受けて、省エネのための新サービス、装置、部品…この2~3年の間で増えそうです。
省エネの場合は、CO2削減にも役に立つんだけど、それだけではなくコスト削減にもつながっているんです。よって、前述のCO2ディペンデンシーは相対的に低く、それ以外の価値も含めて考えられる。
あと、「風力」関連も目先の話と言えそうです。風力は発電事業者なり、タービンメーカーというのは今からは少ないかもしれないけど、メカニクス系は面白いですね。かなり乱暴な捉え方かもしれませんが、時間軸でみれば風力=>太陽光=>バイオ燃料といったイメージでしょうか。
NBO:その一方で、グーグルのようなシリコンバレーの会社が、バイオエタノールの会社を、バーンと1000億円で買い取るみたいな大胆なことも起こっているんですよねぇ。
飯野:そういうダイナミックな投資ができれば面白いんですけど(笑)。それが、正しいアプローチなのかどうかは、正直分からないところもある。ただ、そうしたお金と意思決定のダイナミズムが、新しいベンチャーを、新しい技術や市場の可能性をも広げているのは確かでしょう。参入者が増えるんですから。
日本でも大企業がこの分野のベンチャーを買収する動きが活発化すると面白いですよね。もちろん、社内に代替エネルギーを研究している部署が重複していくつもあるような会社もあるでしょうけど。
また、クリーンテックの分野はまだ揺籃期にあって、ハイブリッドカーのような完成品として産業やバリューチェーンが確立していない分野が多く残っている。素材生産、素材加工、部品製造、組み立て、システムとしての統合や設置、機器の保守や運用、発電事業といったそれぞれの分野で有機的なつながりや補完関係が未成熟なところでベンチャーが「隙間を埋める」余地があると思っています。
個別の要素技術をぶつ切りで評価するのでなく、事業会社や既存のベンチャー企業と議論しながら有機的な産業構造が形成されるプロセスに投資してみたいと思います。
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